パリで出会った日本人(ピアニスト・栗原麻樹さん)
2014-12-11 [EntryURL]
(辻本貴幸×栗原麻樹)
「思い出に残る音楽が求められている時代だからこそ、聴き手側にも思い出に残る聴き方をしてもらいたいですね」
こう語るのは、ピアニストとしてパリを拠点に活躍されている栗原麻樹さん。
世界で活躍する音楽家、栗原さんの思うパリと音楽とは?
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栗原さんは15才の時に初めてパリに留学されたということですが、最初にパリに来ようと思ったきっかけはなんだったんですか?
栗原さん(以下、栗原)「もともと母がピアニストだったというのもあり、環境的にも早く留学しなさいと母に言われていました。それから当時教わっていた中村(紘子)先生も早く海外に出るべきだと考えてらっしゃったのも大きかったと思います。もともとウィーンに留学していたので、パリに来るときには留学に対す慣れや周りの理解があったのも大きかったと思いますね」
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それで15歳でパリに留学なさったんですか?
栗原「当時日本でも外国の先生が来て公開レッスンをするというのがあったんです。その時にたまたまブルーノ・リグット先生がいらっしゃっていて、先生に気に入られて「是非おいで」と言っていただいたのが今に繋がっていると思います」
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パリに来られてもう長いと思うんですが、栗原さんから見たパリとはどういった所ですか?
栗原「あっという間に10年の歳月が経ってしまって、フランスやパリに対する希望みたいなものはすっかりなくりましたね。嫌なところも見過ぎちゃいましたから」(笑)
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嫌なところとは?
栗原「言っちゃうときりがなくなると思いますが、みんなあまりにもルーズですし、いい訳ばかりで謝らないでしょう?仕事も決められた期日を守るとか自分の仕事をきちんとこなすという概念がそもそもない。そのくせ自分の意見だけは必要以上に言う。いい加減慣れましたけど、なかなか好きにはなれませんね」(苦笑)
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日本に帰りたいとは思われますか?
栗原「いつも思いますよ。だけど15歳からこちらにいるとその一歩が踏み出せなくなってますね。外に出る勇気はあったのに、今度は戻る勇気がないみたいな。まあ日本は日本でいいところばかりではないですし、なにか仕事が決まるとか結婚が決まるとかがあれば帰りますけど・・・」
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逆にパリのいいところってなにかありますか?
栗原「最初の頃はありましたけど、今は・・・。
・・・って書いといてください」(笑い)
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栗原さんが演奏していらっしゃる映像をいくつか拝見させていただきまして、その中でもラヴェルの『亡き王女のパヴァ-ヌ』が大変印象深かったのですが、この曲はレクイエムですよね?
栗原「そうです。もともとは確か、ラヴェルの娘が亡くなったときに作られた曲で、私はこの曲を弾いていると本当に涙が出るくらい、感情移入してしまうんですね。私も大好きな曲なんです」
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やはり音楽に対しても、そのバックグラウンドを理解するというのが重要なわけですか?
栗原「例えば、役者さんなかでも自分のまったく体験していないことでも演じられるわけじゃないですか。音楽もそれと同じで自分が体験していなくてもそのバックグラウンドを知っていればそれを弾いたり、感情移入したりっていうことは可能なわけですよね。だからそういうことを知るのもすごく大切なことだとは思うけど、でもそれがすべてではないと思うんですね。それは知っておいて損はないけれど、そういうものにとらわれ過ぎるのはよくない。音楽は理解するものというよりは感じるものですから」
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それは聴き手側も同じですか?
栗原「もちろんです。一度音楽の知識を持ってしまうと、どうしてもその先入観にとらわれて聴いてしまいますから、できればその前に頭の中が真っ白な状態で自分がどんなふうに感じるかといのを知ってもらいたいですね」
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クラシックというものについてはどのように思われますか?
栗原「様々な音楽があるなかでもクラシックというのは非常に歴史が長く、一つの芸術という位置付だと思います。でも残念なことに、そのせいでクラシックに対して少し引いてしまっている方も少なくないと思います。
「自分にはクラシックなんてわからないから」と興味を失ってしまうのではなく、まずは気軽に聴いてみて欲しいなと思います。そうすれば、例えその曲について深く理解はできなくても、なにかを感じ取ってもらえるのではないかと思います」
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まずは気軽に劇場に足を運ぶところからはじめてもらいたいですよね。
栗原「そうですね。劇場で生の音を聞いてみて欲しいと思います」
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ただその一方で、皆さんそうだと思いますけど、行こうと思ってチケットを取るんですが急な仕事で行けなかったりだとか、逆に急に行けるようになって慌ててチケットを用意してもらったりだとかってことがあるわけじゃないですか。
栗原「日本人は忙しいですし、仕事に重心を置いて生活しているのでそういった難しさはあると思いますね。こちらの方は皆さん仕事を時間通りに切り上げてプライベートに重心を置いて生活しているので、そういった面では気軽に音楽やお芝居を楽しむという環境があるのかもしれませんね」
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日本はまだまだそういった環境が整っていないということですよね?
栗原「そうですね。日本でも早くそういった環境が整って欲しいなと思いますね。ただ、クラシックっていろんな楽しみ方があると思うんですね。家でゴロゴロしながらCDを聞くのもいいですし、気軽に劇場で生の音を楽しむのもいいですが、逆にそういった日常を離れるという楽しみ方もありますよね」
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日常を離れる楽しみ方とは?
栗原「例えば、星つきのレストランで食事をするような時にドレスコードってものがあったりして、だけどそれも最近では「別にノータイでもいいんだ」って、なんでも楽にカジュアルにするんじゃなくて、カッチリとネクタイをして食事をする。きさきさんが「その窮屈さを楽しむんだって」前におっしゃってましたけど、それと同じでクラシックは固いとか、着て行く服がないとかって諦めちゃうんじゃなくて、逆にその固さや窮屈さを楽しんでほしいなと思います。そいうことを楽しめる人が本当に人生を楽しんでいる人なんじゃないかなって」
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何でも楽に簡単にってのは、確かに便利ではあるのかもしれないけれど、楽しさを奪われてる気はしますよね。
栗原「そうなんです。特に最近はCDなんかでさえ買わずにネットで聞いて終わっちゃう。CDを買ってきてジャケットや歌詞カードと一緒に音楽を楽しむというのがなくなってきているのは寂しいですよね。それはネットで検索すればタダですし、10秒で済んじゃうんですけど、そこに思い出や感動は残りませんから」
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本当にその通りだと思いますね。音楽は本来ナマものですから、その生の音楽を聴いたことのない人がネットで聴いたそれを感動したと言ってるのは、僕はちょっとどうなのって?
栗原「そうですね。そういう今の若い方たちにこそ劇場で生の音楽を聴いて感動してもらいたいですね」
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栗原さんにとって音楽とはどういったものですか?
栗原「音楽はやっぱり私にとっては仕事ですね。ただ、仕事になってしまったからこそ私は音楽を通して皆さんに少しでも楽しい時間を過ごせてもらえたらいいなと思っています」
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最後に、このコラムを読んでいる日本の皆さんになにか一言いただけますか?
栗原「パリは住んでしまうといろいろと嫌な面も見えてきますけど、きっとそれは世界中どこに住んでも同じだと思います。だけど、旅行として来るには素敵な場所だと思いますから、是非一度パリで生の音楽や芸術に触れていただきたいと思います。きっと思い出に残る音楽が待っていますよ」
栗原麻樹プロフィール
東京都出身。
国際的なピアニストとして、15才でフランス・パリに渡り、これまで中村紘子氏やブルーノ・リグット氏らに師事。
2010年には文化庁海外芸術家研修員としてパリに派遣されると共に、国内外で数多くのリサイタルを開催し好評を博す。
パリエコールロルマル音楽院の最高過程を終了後、現在はパリスコラカントルム音楽院に在籍。
2015年4月にはヤマハ銀座ホールで演奏会が開催される。
Kisaki Tsujimoto
2014.12.11
辻本貴幸