聴覚メディアの最前線 〜ドイツ語圏のラジオ聴取習慣とポッドキャストの可能性
2017-03-02
ラジオ、と聞くとどんなイメージが浮かびますか。地味で、話題になることも少なく、華やかなデジタルメディアとは無縁、といった印象が強いかと思います。しかし、ドイツのリューネベルク大学教授でメディア研究者のハーゲンWolfgang Hagen氏は、ラジオは「今後10年、20年はメジャーなメディアであり続ける」と指摘しています(Markus, 2014)。新しいメディアが毎年続々と登場し、熾烈な競争を続けているなか、なぜラジオがそれほど安定したメディアだと、この専門家は考えているのでしょう 。
今回は、ラジオのドイツ語圏(今回扱うのはスイスとドイツです)でのこれまでの使われ方や、デジタルメディアとして現在進行中の新しい展開について整理しながら、ラジオをはじめとする聴覚メディアの将来性について考えてみたいと思います。
生活に定着しているラジオのある暮らし
ドイツ語圏の生活スタイルを日本のそれを比べていくと、異なることが多々みつかりますが、テレビとラジオの使われ方も、違いが大きいものの一つです。
まず、テレビは日本ではお茶の間の中心にありますが、ドイツ語圏では、食事をするダイニング・スペースにあることはほとんどありません。食事中にみる習慣もなければ、在宅中、始終テレビがついている、ということもありません。近年大型化しているテレビを見るのは、もっぱら隣接するソファーなどが置かれた広いスペース(リビングルーム)で、主に食後など、くつろげる時間にどっかり座ってみます。インターネットが普及する以前からテレビ自体がないというケースも、それほど珍しいことではなく、伝統的に日本に比べドイツ語圏はテレビの存在感が小さいといえます。
家庭でのテレビへの依存度が小さい分、相対的に大きな意味をもつのがラジオです。2014年のシュトゥットガルト新聞によると、ドイツ人の5人に4人がラジオを聞いており、聴取時間は1日平均4時間です。朝6時から8時が最もよく聞かれる時間帯で、決まった放送局を聴取する人が多く、長時間ラジオを聴く人でも、3局以上放送局を変えて聴取する人はほとんどいません。(ちなみに、ドイツにはラジオ局が350あり、そのうち65局が全体の5分の1の市場を占めています。)
ラジオは、何かをしながらでも聞けるため、車の中だけでなく、家庭でもかなり重宝されているようです。ダイニングやキッチンによく置かれているラジオは、食事の間に聞けますし、3人に一人は、シャワーや着替え中にも聞くといいます(このため、バスルーム専用の防水加工した「シャワーラジオ」と呼ばれるラジオの種類が豊富です。)5人に一人は、家事の最中もラジオを聞いています。 (Markus, 2014)。
スイスでも同じようにラジオは根強い人気があり、2010年の調査で、90%の人が国営放送のラジオを定期的に聴いています。
アナログラジオ、デジタルラジオ、インターネットラジオ
このようにドイツ語圏では、昔と変わらず今でもラジオがかなりよく聞かれていますが、近年、ラジオの聞き方や内容を媒介する機器には変化がみられます。旧式のアナログラジオに加え、デジタル変調のラジオ放送であるデジタルラジオ、またインターネット経由のラジオ(インターネットラジオ)がでてきました。
ただし、技術がいかに進んでも、実際にそれで聴取できるかは、放送局がどの手段で、どれほどのコンテンツを放送するかに当然、大きく左右されます 。現在のところ、アナログラジオ、デジタルラジオ、インターネットラジオの3者のどれをどのくらい重視するかについては、ヨーロッパ各国でもかなり異なり、どれがヨーロッパで最終的に主流になるかについては、まだはっきりした見通しがたっていません。例えば、ノルウェーでは今年、スイスでも2024年までに、アナログラジオが全面廃止される予定ですが、ドイツでは州によっても意見が割れて、一貫した方針になっていません。全般に若者にはインターネットラジオの人気があがってきている一方、未だこれまでの生活に深く根付いているアナログラジオの愛用者も多く(ドイツではいまだに9割以上の人がアナログラジオを利用しています)、アナログ放送を廃止することが一旦決定されたあとに、強い反発にあって撤回されたこともありました。従来のラジオ聴取と違い、インターネットラジオは、非常時にネット利用が過剰になると使えなくなることが危惧されるため、インターネットラジオよりもデジタルラジオに将来性があるとする意見もあります。
スイスのラジオ革命: ポッドキャスト
アナログ放送が数年後に廃止されるスイスでは、すでにデジタル媒体を通じたラジオ聴取が多数派になってきました。今年はじめのスイスの国営放送の発表では、2530人を対象にした調査で、調査対象者の54%がデジタル媒体を通して聴いています。
ラジオのデジタル媒体(デジタルラジオとインターネットラジオ)で、特に増えているのが、インターネットラジオです。2016年秋までの一年で、インターネット経由の聴取の割合は、8パーセント増えました。特に15から34歳からの若い世代では、ラジオといえば、インターネットラジオが圧倒的です 。
インターネットラジオには、従来のラジオ同様に、放送をそのままライブ(ストリーミング)で聞くこともできますが、ポッドキャストPodcastという方法で聴取することもできます。ポッドキャストは、アップル・コンピューターが無料で配布しているiTunesのようなポッドキャストの受信ソフトを使って、ラジオ番組をダウンロードして聞くことです。ポッドキャストで配信している番組(オーディオだけでなくビデオもある)を事前にこのソフトでダウンロードしておけば、好きな時に聞くことができ、特定の番組の最新の放送を常に自動的にアップロードさせることも簡単です。
北米ではポッドキャストが、テレビやラジオとは別の独自のメディアとして利用されていますが、スイスでポッドキャストは、国営放送のラジオやテレビの視聴に使われるケースが圧倒的です。これは逆に言えば、国営放送が、率先してポッドキャストの配信サービスに力をいれてきた成果ともいえます。現在、スイスの国営放送は、ニュース・政治、経済、背景・インタビュー、文化、科学(学問)・デジタル、娯楽・風刺、音楽の7分野で、180以上のテレビとラジオ番組が、すでにポッドキャストで視聴できるようになっており、主要な番組のほとんどすべてが網羅されているといるという状況です。
便利で豊富な配信サービスのおかげで、国営放送のポッドキャストは、2009年の段階ですでに年間で2400万回ダウンロードされています。これは1日平均で、約6万6千件ダウンロードされていた計算になります。最も人気がある番組は、毎日夜6時から30分ラジオで放送されている、時事的なニュースと特集を組み併せた「時代のエコー(こだま)」という (日本で言えば夜7時のNHKのニュースに相当するような)最もスタンダートな報道番組のひとつです。国営放送がポッドキャスト配信をスタートして以来、不動の一位の地位を守り続けており、2014年には、この番組だけで250万件のダウンロードがありました。 このダウンロード数は、スイスで主要なニュースをいまだにラジオという伝統的なソースから聞く習慣が根強くあることと、他方、同じコンテンツを場所や時間が自由自在に選べるポッドキャストという形で聴取する人が増えている、という二つの傾向を表しているといえるでしょう。
ポッドキャストは、これまでのラジオのようにストリーミングのように聞き流す聴取の仕方とは一線を画し、生放送で一体感を楽しむというラジオの楽しみ方とも無縁ですが、移動が多く、一定の場所でゆっくりラジオを聴けなくなった人たちに対して、これまでなかった新たな聞き方を提供できることで、新たなメディア需要を掘り起こしたともいえるのかもしれません。
新規参入が相次ぐポッドキャスト市場
ラジオに限らず、あらゆる聴覚メディアは、視覚的に拘束されないという特徴(見る必要がないため、何かをしながら聴取ができるというメリット)をもっており、処理しなくてはならないデジタルメディアの量とスピードがますます加速する時代の多忙な人たちにとって、音楽やほかの娯楽として聴取する以外でも、魅力的なメディア媒体です。特にポッドキャストのような使い勝手のいいツールが現れたことで、聴取型メディアの便利さや可能性はさらに格段広がりました。近年ヒアラブル機器(耳に装着する電子機器製品)が日進月歩で進化していることも、聴覚メディアの興隆を後押ししているといえるでしょう(詳細は「生活の質を高めるヒアラブル機器 〜日常、スポーツ、健康分野での新たな可能性」をご覧ください)。
このような状況下、従来スイスでもドイツでも既存のラジオ局の独壇場になっていたポッドキャスト市場に、最近、ラジオ局以外も参入しはじめました。特に、これまで視覚メディアとして発展してきた新聞や雑誌社などのジャーナリズム関係の会社が、強い関心を示しています。サービスを充実させるという意向だけでなく、ポッドキャストの登録やダウンロードの状況も重要な企業の資源となることも理由でしょう。スイスのフリーペーパーで、現在スイスの日刊新聞として最大の読者数を誇る『20分』も、ポッドキャストへの参入を、先日発表しました。
おわりに
聴覚メディアは、ストリーミングからポッドキャストまで、情報源あるいは娯楽・音楽ツールとして利用できる可能性が急速に広がってきています。それに平行して顧客獲得競争は今後ますます激しくなっていきそうですが、これまでのラジオ同様、わかりやすく親しみやすく、しかも、時代や文化、広い世界を案内してくれる聴覚メディアが、今後も充実していってほしいと願います。
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<参考サイト>
——スイスとドイツのラジオについて
Markus Reiter, Medien Das Radio der Zukunft, Stuttgarter Zeitung, 03. September 2014.
Roger Zedi, Matthias Schüssler, SRG von 1931 bis heute(2017年2月20日閲覧)
Kai Fischer, Zukunft des Radios Die Digitalisierung muss sich an den Hörern orientieren, FAZ, 22.05.2016.
Die Medienanstalten, Die Digitalisierungsbericht, Berlin 2015, S.59.
Rolf Müller, Wie sieht die digitale Zukunft des Radios aus?, Baditsche Zeitung, 6.9.2016.
Markus Reiter, Das Ende des UKW-Radios naht, NZZ, 11.2.2017.
Radionutzung Schweiz: Radio wird immer digitaler, SRG SSR, 10.02.2017
——ポッドキャストについて
スイスの国営放送局のポッドキャストを配信している番組一覧サイト
Tobias Bühlmann, Wer hören will, muss Podcasts nutzen, Innovative Erzähl-Formate, NZZ, 24.3.2015.
Schweizer Radio wird immer häufiger als Podcast gehört, Solothurner Zeitung, 25.3.2010.
Internetradio Alle mal herhören!, Süddeutsche Zeitung, 25.3.2015.
Podcast-Töne, Tipps für Journalisten. Erschienen in Ausgabe 3/2007 in der Rubrik „Tipps für Journalisten” auf Seite 66 bis 66(2017年2月20日閲覧)
——その他(北米のポッドキャストについて)
Sylvana Ulrich, Podcasts für Einsteiger, Lernen leicht gemacht, NZZ, 26.4.2016.
Oliver Fuchs, Mit Podcasts in den Wahlkampf, NZZ, 15.10.2016.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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