一般社団法人 日本ネット輸出入協会 – JNEIA

バナナでつながっている世界 〜フェアートレードとバナナ危機

2016-02-29 [EntryURL]

みなさんは果物といえば、なにをよく食べますか?スイスで一番よく食べられている果物はりんごで、一人当たり年間15キロを消費しています。りんごがほとんどが国産で、食生活の文化と長い歴史をつちかってきたこの果物であるのに対し、2番目によく食べられている果物は、 遠方からの輸入に100%たよっている果物、バナナです。毎年7万5千トンのバナナを輸入しており、一人当たり平均年間10Kgのバナナを消費しています。
バナナは栄養価が高く、消化も抜群で、一年をとおして手に入り、皮を剥くのも容易なため、スイスだけでなく、世界中で、歯のまだ生えていない赤ちゃんからスポーツマン、高齢者まで、すべての世代に愛されている食品です。年間、10億本以上のバナナが世界で消費され、世界で食べられている南国育ちの果物の半分以上の割合を占めています。小麦、米、とうもろこしにつづいて4番目に多く消費される食品でもあります。近年は小売の値段も安価で安定しており、ドイツではこの20年間ほぼバナナの値段は変わっていません。今日、バナナを売っていないスーパーはないほど、今日の先進国の生活にバナナは欠かせぬ存在です。
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このバナナ、スイスではフェアートレード商品として、近年広く定着しています。フェアートレードとは、アジア、アフリカ、中南米アメリカに20億人いるといわれる、厳しい貧困状態におかれている中小農家や労働者たちとその家族が、人間らしい生活をするに足る収入の確保と生活・自然環境の維持を目指すために考え出された、先進国と途上国の間の商業取引形態です。小規模農家で作られる農協などの途上国の生産者は、環境負荷の少ない生産工程、良好な労働条件、また組織の民主主義的な構造を確保し、仲介業者をはさまないダイレクトなフェアートレード取引契約を結ぶことによって、 通常より15〜65%も多い収益を手にすることができるといいます。フェアートレードの規定基準をみたして生産されたものには、水と緑を象徴するような黒字に青と緑のマークをフェアートレード・ラベルがつけられ、先進国などで販売されます。
スイスでは1992年からフェアートレード制度が導入されました。その後、スイスの生活共同組合で、かつ国内の小売売り上げの半分を占めている大手スーパーである「ミグロ」と「コープ」を中心に、フェアートレード商品の背景にある思想と、それを購入することで途上国を支援するという消費のあり方が、徐々に一般市民の間に知られていくようになりました。(スイスで今もビジネスモデルとして高い支持をえている協同組合については、「協同組合というビジネルモデル」を参照ください。)その結果、スイスのフェアートレードの総売り上げは、2013年には前年比で16%も伸び、4億3400万スイスフランにまで達しました。平均すると一人当たり年間53スイスフラン、フェアートレード商品を購入していることになり、一人当たりのフェアートレード購入額として、世界トップの地位を占めています。
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フェアートレードのなかでも、これまで順調な売り上げを伸ばしてきた優良商品がバナナです。フェアートレード・バナナの販売は1997年からはじまりました。当初はどこも、ほかのバナナと並列してフェアートレードのバナナを販売していましたが、コープではさらに一歩先に踏み出し、2004年以降は、フェアートレードのバナナしか販売しない方針を打ち出し、今日までその方針が貫かれています。スーパーだけでなく、レストランなどでも積極的にフェアートレード・バナナを取り入れていった結果、2013年のフェアートレード・バナナの売り上げは、前年比で13%増の9600スイスフランに達し、スイス全体で売られるバナナの54%以上がフェアートレードのバナナとなるまで普及しました。ちなみに値段は2016年2月末現在で、 普通のバナナの値段が1キロ当たり約296円(2.60スイスフラン)なのに対し、フェアートレードのバナナは342円(3スイスフラン)です。
ところが、世界中であらゆる世代に愛好され、フェアートレードの若い歴史にも輝かしい軌跡を残してきたバナナが、今、大きな危機に直面しているといいます。バナナに決定的な打撃を与える病気が、急激に世界的に広がっているためです。国際国連食料農業機関(FAO)ではここ数年、事態の深刻さに警戒を強め、専門的な対策や予防策などを提示し、注意を呼びかけてきました。今年2月には、ドイツ国営放送とスイス経済新聞NZZでも相次いで、バナナの直面している危機について特集が組まれました。これらの情報ソースから、現在までの状況について、以下まとめてみます。
問題となっているのは「TR4」と言われる目はみえない菌類による病気で、「新パナマ病」とも呼ばれています。バナナの根にこの菌が入り込むと、水や栄養の吸い上げがブロックされ、みるみると立ち枯れしていきます。いまのところ有効な駆除の手立てがなく、一度、地中に菌類胞子は入ると、地中で30年から50年生き続けると言われます。このため現状では、病原菌が見つかったら、ただちにその農園を隔離し、ほかに被害が広がらないようにするほかありません。しかし、汚染が新しい場所に広がるには、靴についたほんのわずかな菌類胞子だけで十分であり、被害を防ぐことは大変難しい状況です。現に、南アジアで発生したこの病気は、2年間で、中東、そしてアフリカ、オーストラリアへと広がり、今も日に日に被害を拡大させています。2013年からこの病気が確認されたモザンビークの農園では、すでに、毎週1万5千本のバナナの株がやられるまで深刻な被害になっています。洪水などの自然災害があればさらに、一度に広大な範囲が汚染される危険があります。
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出典: Pro Musa. Mobilizing banana science for sustainable livelihoods. Factsheet. Tropical Race 4 in Africa.

現在世界で流通しているバナナは、95%という圧倒的な割合が「キャベンディッシュ」というたった1種類のバナナです。このバナナ、みなさんもご存知の通り果実のなかに種子はなく、株分けしてそれを新たな場所に移植するという方法で、これまで増やされてきました。つまり親のクローンとして増殖されてきたということであり、遺伝子的には同一のものです。このため新種の病原体に耐性を持たないことも共通しており、このことが事態をさらに深刻にしています。
バナナ研究の世界的権威であるオランダのGert Kema 教授(Wageningen University and Research Centre)が、調理用のバナナや野生種などを含め、200種類以上のバナナの種類を調べた結果では、調理用のバナナの一部は菌類には、耐性であるものも若干みられましたが、全般にこの病原菌に耐性をもつ種類はわずか10%以下でした。このため、静かにしかし確実にこの死に至る病気が、今後も広がることは不可避とされ、最終的に世界中のバナナの85%が犠牲になるとも言われます。
世界で4億人が主食や栄養の一部としてバナナを食しており、主食としてバナナを食べる人がアフリカは、特にこの病原体の脅威にさられていることになります。また、バナナの生産地としては、インドと中国が世界最大ですが、中南米、南アジア、アフリカなど世界各地で栽培されており、先述のフェアートレードをはじめとし、貴重な農業輸出品として途上国の経済をささえています。エクアドルのバナナの8割以上は、外国への輸出用です。
被害を少しでも食い止めることと同時に、病原菌に強い新種のバナナが切望されています。しかし、代替されるようなバナナが登場する兆しは、しばらくありません。伝統的な品種改良の方法で 最終的に新しい品種を開発するまでには、少なくとも20年の年月がかかってしまいます。このため目下、大きな期待がよせられているのは、野生のバナナの遺伝子を組み込んだ病気につよい品種作りですが、 今のところできたバナナは、私たちの食べ慣れたバナナの味からはほど遠いようです。
さいわい2月現在、まだ中南米では、この病原菌の被害が確認されていません。スイス大手スーパーは、バナナはすべてこの中南米から輸入しているため、今の段階では具体的な影響はでておらず、フェアートレードバナナもほかのバナナにも値段に大きな変化はありません。しかし、これまで病原菌の汚染が広範に大陸をまたいで広がってきたことを考えると、が中南米へ渡るのも時間の問題という見方が強いようです。
南半球の太陽を思わせる、明るく平和なイメージのバナナとは、あまりにかけ離れた、過酷で暗澹とした状況です。最悪の事態にならないように、 予防策や措置が適切に行われ、天災などがそれらの努力を踏みにじらないことを祈るばかりです。
一方、先述のオランダのバナナ研究の第一人者Gert Kema教授は、現状の話だけではなく、長期的なバナナの栽培についても、ドイツ国営放送のバナナ危機特集番組で語っていました。りんごや洋ナシのようなほかの果物と同様に、たった一種類でなく、いくつものバナナが市場にでてくるようになるのをいつか実現させたい、というものです。それが、今回のような一種類しか出回っていないがために一斉に病気にやられてしまうという悲劇を防ぐことにもなりますし、農園内部でもモノカルチャーではなく、いくつかの種類やほかの作物と合わせて栽培するようになれば、病原菌に対する耐性を全般に高めることにもなります。消費者側にとっても、バナナの味やほかの食感がいくつかあって選べることは、(今は慣れない食感よりたった一つのバナナの味を好む人が大多数だとしても)将来、歓迎されるでしょう。
いずれにせよ、このバナナ危機によって、好むと好まざるによらず、バナナ栽培は、これまでの種類と栽培方法を見直さざるをえなくなっており、新しいバナナの時代に突入しているということは確かといえそうです。
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参考サイト・文献
—-スイスのフェアートレード、バナナの販売、生協について
Wie viel Geld erhalten die Produzenten in den Herkunftsländern?
«Die Unterstützung, die wir von den Konsumenten erfahren, geben wir mit der hohen Qualität der Früchte, die wir produzieren zurück.», Fairtrade Max Havelaar. Information der Max Havelaar-Stiftung (Schweiz) 20
穂鷹知美「スイスの生協の消費者をまきこんだ環境キャンペーン」環境メールニュース、2010年05月13日
Neu ausschliesslich Max Havelaar-Bananen bei Coop, 27.01.2004
Jede zweite Banane trägt das Max-Havelaar-Logo
Bananen
—-バナナ危機について
WBF Fighting Against Banana Threats, World Banana Forum Task Force on Fusarium wilt Tropical Race 4 (TR4)
The WorldBanana Forum (WBF),Working together for sustainable banana production and tradeTropical Race 4 (TR4) of Fusarium wilt (Fusarium oxysporumf.sp. cubense): Expanded Threat To Global BAnana Production

Going bananas? The serious threats facing the world’s favourite fruit

Nadia Ordonez and others, Worse Comes to Worst: Bananas and Panama Disease-When Plant and Pathogen Clones Meet, PLOS. Pathogens, November 19, 2015
Stephanie Kusma, Alles Banane, NZZ, 19.2.2016
Sergio Aiolfi, Bedrohte Cavendish-Spezies, Die globalisierte Banane, NZZ, 19.2.2016
Alles Banane -krummes Ding in Not?, Die Themen der Sendung, ARD, 6.2. 2016.
Ist die Banane vom Aussterben bedroht? Tagesanzeiger, 24.7.2015.
Der Tod der Banane, Tagesanzeiger, 1.12.2015.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


コインの表と裏 〜 キャッシュレス化と「現金」ノスタルジー

2016-02-08 [EntryURL]

最後に飲み物を購入された時(コーヒーでもジュースでもかまいませんが)、どんな支払い方法を利 用されましたか?現金、カード、振込、あるいは他の電子マネーでしょうか?スイスではコー ヒー一杯や缶ジュースのような少額の支払いには、キオスク(売店)にせよ、自販機で買うにせよ、現金での支払いが今も一般的です。年間の現金による売買(支払い)回数は25億回で、 カード決済の回数1億8000万回をはるかに上回っており、決済の79%が、今でも現金を介した決済です。
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そうとはいえ電子決済は年々増えてきており、スイス全体に流通するお金のな かでの現金の占める割合は、1990年では90%だったのに対し、近年は60%まで減少しています。EU圏内のキャッシュレス決済の内訳をみると、カード決済(クレジットカード及び、デビットカードを使った決済)が43.5%、 振込が26.5%、引き落としが24.0%と、最も多いのがカード決済です。EU側の概算では、EU圏内に、デビットカードを含めなんらかのカードを持っている人は5億人おり、トータルで7億2700万 のカードが発行されています。
ただしクレジットカード決済では、カード加盟店である販売者がカード決済に必要な機器を購入しなくてはならないだけでなく、カード会社や金融会社に売り上げの額に比して手数料を払わなくてはならないため、零細経営の店舗にとっては、かなりの負担であり、それを理由にクレジットカード決済に躊躇する店舗も少なくありません。特に飲食業界ではその傾向が強く、スイスの3分の1のレストランでは、今もカード支払いを受け付けていません。家族経営のペンションなど小規模宿泊施設でも、同様の傾向がみられます。
このような業界の負担を軽減し、市場を活性化させるため、近年EU圏とスイスでは 、クレジットカード加盟店が手数料として支払っていた額の上限を引き下げることが、相次いで議会で可決されました。これを受けて、昨年2015年から、EU圏では、クレジットカードの手数料を一律最高0.3%となり、スイスでも昨年8月からクレジットカードの手数料が0.95 %から0.7% に下り、2017年 8月からはさらに0.44% に引き下げられる予定です。EU圏内のクレジットカードのシェアが90%という圧倒的な強さをみせるアメリカ系大手クレジットカードのビザカードとマスターカードにとっては大きな打撃となりますが、スイスのカード加盟店にとっては、年間の負担が5000か ら6000万スイスフラン減ると期待されています。ちなみに、EU圏のデビットカードの手数料にも0.2%と上限がつけられましたが、デビットカードはもともと手数料が低く、こちらはほとんど影響がないと見込まれています。
カード決済のほかにも近年スマートフォンを使った電子決済など、年々安価で便利な電子決済の方法が新たに導入されてきており、今後もヨーロッパの現金離れに拍車がかかると予測されますが、このような電子決済だけではなく、ほかの方面からも現在、現金に逆風が吹いています。マネーロンダリングやテロリストやテロ組織への資金の流れを断つためのテロ資金対策として、現金決済を制限すべきという見方がヨーロッパ諸国で強まっているためです。このため、欧州中央銀行は目下、現在流通している最高金額のユーロ紙幣である500ユーロ紙幣の発行を中止することも検討しています。
EU圏が500ユーロ札の発行が中止になると、スイスの1000スイスフラン紙幣発行にも、圧力がかかると予想されます。1000スイスフラン札は2014年にシンガポールで当時紙幣として世界最高額であった1万シンガポールドル札の発行が中止されて以降、世界で最高額の紙幣です。2008年秋の時点では2300万枚しか出回っていませんでしたが、金融危機や昨年からのスイスのマイナス金利導入のため需要が急増し、2015年 11月には4300万枚まで発行枚数が増えました。銀行にお金を預けるかわりに、タンス預金が今後急増するようになれば、マネーロンダリングの抑制やテロ資金対策としての高額紙幣の発行中止の是非をめぐる議論とは別に 、どのくらいお金が社会に出回っているのかを、中央銀行が把握するのが難しくなることは確かです。
また普段何気なく使っている現金自体、かなりの高価な代物です。紙幣の印刷こそ、一枚30ラッペ ン(100ラッペン=1フラン)でできますが、傷んだ紙幣を補充する のに、毎年2000から3000万スイスフランかかります。製造、輸送、保管、セキュリ ティー、保険など、現金流通にまつわる費用を総計すると、年間25億スイスフランにもなり、これらの費用は、毎年、国民全体が税金で負担していることになります。このためデビットカードの決済1回にかかるの費用が36ラッペンに対し、現金での決済の場合は40ラッペンかかることとなり、現金で支払う場合のほうが、カードより結局高くついていることになります。
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これらの事情を総合すると、キャッシュレスの時代がいよいよ到来するということになるのでしょうか。 現金がいまだかなりの幅を占めているスイスにいると、そのような実感はほとんど湧いてきませんが、同じヨーロッパでもスウェーデンの状況は、そんな時代を彷彿させるものとして注目されます。 スウェーデンでは、キオスクや市場での少額の買い物だけでなく、教会の献金や公共のトイレ(ヨーロッパでは公共のトイレが有料の国が多い)の代金支払いにも、現金ではなく、カード決済や電子マネーなどの電子決済が普及しており、キャッシュレス化が非常に進んでいます。そして 15年後には、いよいよスウェーデン政府は現金を一切廃止にする予定だといいます。
硬貨の色、重さ、大きさ、金属の種類の絶妙な組み合わせで、それぞれがとても区分しやすい日本の硬貨に比べると、ユーロの硬貨やスイスフランの硬貨は、種類が多いのに見かけも大きさも似通っているものが多く、こちらに長く住んでいても、いまだになかなか慣れず、わずらわしさ を感じることがよくあります。しかしそうは言っても、 現金なしでお金とつきあうということは 、一体どんなものなのかまだ想像ができません。硬貨の重なり合う音や、紙幣のなめらかで乾燥した触感など、これまで長年現金のまわりで培ってきた、物理的な感覚を捨て去って、数字だけでお金を想像することになれば、お金への感覚はずいぶん変わってくることだけは確かでしょう。
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買い物の総額にぴったり見合う硬貨があるかを財布の中で数えたり、レジでもらった釣り銭で財布がいっぱいに膨れて重たくなる、そんな今は些細な、あるいはわずわらしくも思うことが、ひどくなつかしくなる、そんな時代が意外に早く来るのかもしれない。そう思うと、今は普通に財布の中と外を出入りしている硬貨や紙幣たちが、ちょっと違った風にみえてきます。
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参考サイトと文献
——現金とキャッシュレス化について
Bargeld. SRF Kultur, 20.1.2016.
Schweizer zahlen immer noch lieber mit Bargeld, SRF Konsum, 15.12.2014.
Schweizer Bargeld-Wahn, 7. Dezember 2014
Reto Widmer, Wer verdient, wenn wir bezahlen?, SRF Digital, 4. 12. 2014.
——カード手数料の引き下げについて
EU-Gesetzgebung Ab Mai sinken die Kreditkartengebühren, Frankfurter Allgemeine, 10.03.2015
EU deckelt Kreditkarten-Gebühren. Mehrheit der Abgeordneten für Obergrenze - Drosselung auf 0,3 Prozent. In: News, 10. März 2015.
Wettbewerbshüter setzen Senkung der Kreditkartengebühren, SRF Wirtschaft, 15. Dezember 2014
Kreditkarten-Gebühren sinken. Gibt der Handel die 50 Mio an die Kunden weiter?, In: Blick, 15.12.2015.
——ユーロやスイスフランの高額紙幣発行中止をめぐる議論
Ein Doppelschlag gegen das Bargeld. Die EZB prüft die Abschaffung der 500-Euro-Note - die Schweiz mit ihrer 1000er-Note könnte dadurch unter Druckgeraten. In: NZZ Wirtschaft, 6.2.2016.
Abschaffung der 500-Euro-Note. Gefährliches Zündeln mit Bargeld. In: NZZ Meinung und Debatte, 6.2.2016.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


スイスの風邪予防策

2016-01-28 [EntryURL]

日本でもスイスでも寒さが本格化して、風邪が流行する時期となりました。「日本は街なかを、マスクをつけて歩いているんでしょ?」と時々スイスの人に聞かれることがあります。スイスでは、医療関係者でもない限り、普段の生活でマスクを着用することは、ほとんどありません。マスクの予 防効果は一般的に知られてはいるものの、マスクは危険な感染病が蔓延している非常事態のようなものを連想させるようで、着ける習慣にはいたっておらず、それで余計に、メディアでしばしば目にする日本人のマスク着用姿が、強く印象に残るようです。それでは、スイスでは、マスクのかわりにどんな対策がとられているのでしょうか? 身近な予防策として、こちらで一般的で、日本ではあまりみられないものについて、ご紹介いたします。

<風邪茶>

以前、「バラエティーに富むハーブティー文化」という記事でもご紹介いたしましたが、スイスをはじめとするドイツ語圏では、非常に多様なハーブティーがあります。お茶の専門店や薬局だけでなく、スーパーでも多種のハーブティーが売られ、そのなかには、風邪の症状を抑える作用があると定評があるハーブティーも数種類あります。風邪の症状全般を対象としたもの、のどの変調に効くもの、抗菌作用のあるもの、咳や気管支炎を抑制するもの、などがその典型です。

<のどグミ>

薬用のど飴もありますが、のどによくしかも おいしく食べやすい、ということで、こどもたちにも人気があるのが、のどの炎症を抑えるカシスやアセロラなどの植物濃縮液が配合されたグミです。
160128-1.jpgグミベアーで有名なハリボに代表されるように、ドイツ語圏ではグミがお菓子として人気が高いので、のど用のグミも受け入れられやすいのでしょう。甘さ控えめでシュガーフリーのものが多いので、就寝前にも食用できて便利です。

<風邪風呂>

日本では風邪気味のとき、湯冷めをするといけないので、お風呂は避けるという方も多いのではないかと思います。ドイツ語圏では、普段はシャワーだけでほとんど風呂に入らない人も多いのですが、逆に、風邪の初期症状が現れたときにこそ、お風呂に入ると効果的だ、と思っている人が少なくないようです。
160128-2.jpg体をお風呂で温めることで免疫力を高め、風邪の症状をやわらげられる、と健康専門雑誌などでも、風邪の症状がでたときの入浴を薦めています(ただし熱があったり、すでに風邪の症状で体力が消耗している時はその限りではありません)。このため、「風邪風呂」という名のハーブを配合した入浴 剤や、関節痛や筋肉痛の緩和や背中や腰を温めるなど、風邪の症状にも効果的な入浴剤が、店頭でも売られています。子供用「風邪風呂」入浴剤を販売している会社もあります。

<海水スプレー>

鼻詰まりがひどい時に威力を発揮するのが、 海水スプレーです。その名の通り、海水と同じ成分、あるいは本物の海水をつかった塩水のスプレーで、鼻に下から1日数回シュッと吹き込むだけで、鼻の通りに効果があり、風邪の症状が和らぎます。単なる塩水なので、薬のような副作用が心配されることもなく、風邪以外にもハウスダストやスギ花粉などのアレルギー性鼻炎にも使用することができます。 乳幼児から使用できるものや、粘膜を保護する植物エキスをさらに加えたものなどもあります。
160128-3.jpgところで、わたしが海水スプレーを最初に 知ったのは、スイスに来てまもないころ、乳幼児だった子どもの風邪で小児科を訪ねた時だったのですが、以下のようなやりとりが、その前にありました。 子どもの鼻づまりがひどいのに、日本にある幼児用鼻水吸引のような道具を使うことを勧められなかったので、吸引が必要ないのかと医師に聞くと、「日本では鼻水を吸引するんですか? (軽く身震いして)気持ち悪い!それは親にとっても子にとっても不快だし、弱い鼻の粘膜を傷つける危険があるから、わたしは断固反対します。」 と回答され、かわりとして、この海水スプレーを処方されたのでした。 小児科の先生の拒絶反応がとても大きかったので、「スイスは、ずいぶん日本とやり方が違うのですね」と答えると、「当然です。同じ医者でも、自分のいるところでやっていることし知らないわけですから(ほかの国や地域でやっていることはわからないのです)」との返事がかえってきました。世界中どこでも人間は風邪をひきますが、それへの対応は同じ西洋医学の医療機関でも、地域によって少しずつ異なるものなのだ、という事実が鮮明になって、印象に残った出来事でした。

<食品(食事)療法>

ハーブだけでなく、ほかにも食事や身の回りの食品を使ったいろいろな風邪予防の方法が、生活の知恵として今もみられます。ここではその一例として、最も一般的に普及しており、看護師の知人からも薦められた、たまねぎを使った風邪予防法を紹介しましょう。みじん切りにした生のたまねぎをクッキング・ペーパーに包み、咳であれば背中、耳が痛ければ耳、鼻がつまっていれば寝床のそば、というふうに、疾患部分にそのまま包帯等で固定したり、近くに置いておく、というものです。たまねぎには、抗菌・殺菌作用があって、肌を通して効いていき、体全体に効果ででるそうです。ただし部屋がたまねぎ臭くなることは必至です(!)。
ところで、スイスに住む人の4人に一人は外国籍で、もともと外国育ちでスイスの国籍を取得したという人も大勢います。そんな外国出身の人たちは、スイスの地に、どんな食事や食品療法をもちこみ、あるいは実践しているのでしょうか。スイスでドイツ語講座を受講している、世界中から移住 してきてまだ日の浅い外国人たちに、以前、このことについて尋ねてみたことがあります。すると、回答者がほとんど主婦であったせいもあり、胡椒や紅茶、塩、酢、アルコール、しょうが等、 それぞれの地域で簡単に手に入る食材を使った伝統的な療法を、かたことのドイツ語で熱心に教えてくれました。いくつ かの地域に共通するものもあれば、独特の地域的な療法もありましたが、風邪予防の療法や伝統的な土地の知恵は、世界中にあるものなのだと改めて知ることができました。

<最強の風邪予防策?!>

スイスに住み始めて10年近くになります が、これまで医療関係者以外で、インフルエンザの予防注射を定期的に受けているという人をまわりで聞いたことがありません。子供が小さい時によく通った先ほどの小児科でも、予防注射をすすめられたことは一度もありませんでした。もちろん、インフルエンザについてメディアで報道されることもしばしばありますが、学校や家庭での、インフルエンザ予防意識は、日本に比べれば希薄な気がします。「学級閉鎖」や「学校閉鎖」に相当するドイツ語もありませんし、実際、学級や学校が風邪やインフルエンザで閉鎖されるということも、まわりの誰に聞いても、 聞いたことがない、といいます。
スイスではなぜ、日本と比べ、インフルエンザがそれほど憂慮されないのでしょう?少なくともこれまでは、それですんでいたのでしょう? 通勤・通学に利用する公共交通機関の頻度や時間、また人々が生活する場の密集度など、生活や就労環境にまつわる様々な要素が関連している話なので、簡単に解答ができることではないと思いますが、個人的な意見では、学校の休暇制度の違いが大きな鍵を握っているように思いま す。
スイスの学校は2学期制で、1学期が終わり、後半の2学期がはじまる前に、通常1〜2週間の休暇があります。地域によって休みの長さや時期は異なりますが、たいていの地域では、 毎年2月中のどこかにこのような休暇が設けられています。休暇がスキー・シーズンに重なっていることもあり、「スポーツ休暇」と呼ばれていますが、例年、この休暇の直前あたりから、ちょうど寒さも強まり、風邪も流行しだしてきます。しかし風邪が流行りだしても、その後すぐに、1〜2週間、児童が一斉に休暇をとることで、互いの感染が抑制され、風邪の流行が沈静化されます。これが、非常に風邪やインフルエン ザの最大の予防になっているのではないかと思います。こどもたちのこの時期の休みに合わせて、会社勤めの親もスキーなどの長期休暇をとる場合も多く、その意味では、社会全体の風邪の流行を阻止するのにも、学校の休暇が、間接的に一役買っていることになります。
日本では、ちょうど風邪やインフルエンザの 流行時期と受験シーズンが重なってして、自分が風邪をひくのはもちろん、他人にうつすことも心配で、大変、神経を使う時期かと思います。 暖かくなってくるまでのもうしばらくの間、どうぞ、この記事を読んでくださったみなさまも、くれぐれもご自愛ください。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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スイスのお年寄りの元気の秘訣?

2016-01-13 [EntryURL]

スイス在住の日本の人と話していると、スイスのお年寄りは元気だ、という話題になることがたびたびあります。スイスでは、普通の自転車の後ろに人力車(?)のようなものをつけて、こどもや荷物を運ぶ自転車を街中でよくみかけますが、 この労力を要する代物にこどもをのせて、涼しい顔で自転車をこいでいるのが、若者ではなく、おばあさんだったりするのを初めて見た時は、そのタフさに本当にびっくりしました。そんなスポーティーな颯爽さだけでなく、きびきびした動きや、握手の握力の強さなど、普通の日常生活 で、高齢者の体力やスタミナを感じることがよくあるので、お年寄りが元気、という印象が強くなるのかもしれません。

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スイスの高齢者の食べっぷりも、見事です。こちらのレストランではどこでもある(日本のカレーやラーメンといった定番料理の一つである)カツレツにフレンチポテト添え、というボリュームたっぷりの料理を、高齢者がぺろりと一皿平らげる姿には、あっぱれ!、と感嘆詞つきでコメントしたくなります。

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スイスの高齢者は男女共によく食べ、よく動いて元気いっぱい、こんな個人的な印象が、あながちでたらめではない、と思えるような調査結果が あります。スイスの65歳以上の人の二人に一人は、ボディマス指数(BMI)が 25以上の「肥満」の枠に入り、ほかのヨーロッパ諸国同様に、高い肥満率です。それにも関わらず、2000年代のWorld Values Rearchの高齢者の国際比較調査を丁寧に紹介した「データえっせい」の記事によると、 調査対象国40カ国の中で、スイスは、高い自己健康評価をした高齢者の割合が一番高く、自分の健康状態について「よい」または「非常によい」と答えた人は、 65 歳以上では77.1%でした。75歳以上の人でも65%が自分を健康と評価しています。さらに、65歳以上の人の95.5%が「非常に幸せ」あるいは「幸せ」と回答しており、調査国全体 の幸福度平均値76.7%に比べても、 スイスは幸福感を享受している人がかなり多いという結果でした。(ちなみ日本は、自己の健康を良好と評価する人は42.3%とかなり少ないものの、幸福感を感じている人は9割以上ということで、健康と幸福感の相関性の少ないユニークな傾向を示しています。)

こんなスイスの高齢者とは、具体的にどんな条件や環境で生活している人たちなのでしょうか。「ヘルプ・エイジ・インターナショナル」という国際団体は、毎年、国連加盟国194カ国の中でデータが入手できる国を対象にして、高齢者が暮らしやすい国のランキングを出しています。昨年2015年も96カ国を対象に、収入の安定性、健康、雇用・生涯学習、社会参加支援の四つの分野において13の指数値で、高齢者の暮らしやすさを比較したものを公表しました。これによると、スイスは社会参加支援の分野においてトップに位置付けられており、最終的なトータルのランキングでも北欧の国を抜いて首位の地位についています。 (ちなみに日本は健康分野で世界ランキング1位で、社会保障や年金、累進課税などの制度も評価され、総合ランキングも8位で、アジアでトップとなっています。)スイスで首位となった「社会参加支援 Enabling environment 」という言葉は、少しわかりにくいですが、高齢者の他者との交流や、地域的コ ミュニティーへの関わりや貢献、またそれを維持・保障するような生活基盤や環境ということのようで、社会的な結びつき、治安、市民的な自由、公共交通手段へのアクセスという四つの指数から計測されています。

スイスが強いとされる高齢者の社会参加について、生活のあちこちで目にする高齢者のボランティア活動を思い浮かべると、納得がいく気がします。もともとスイスは、二人集まれ ば結社(クラブ)をつくる、と言われるほど、結社に入って趣味やスポーツなどの活動をする人が多い国です。そして、それらの結社やネットワークを母体としたボランティア活動は、以前「学校のしくみから考えるスイスの社会とスイス人の考え方」の記事でも触れましたが、地域社会の文化事業や社会福祉に伝統的に大きく貢献してきました。いまでも、スイスで15歳以上の人でボランティアをしている人の割合は、40%にものぼると言 われ、EU加盟国の15歳以上のボランティア活動の割合が平均23%であるのと比べても、スイスでボランティア活動がさかんです。

少し前になりますが、2011年、EUではボラン ティア活動を公に高く認知し、奨励、支援するため、ヨーロッパ・ボランティア年と定め、年間を通しキャンペーンを行いました。超高齢化社会を目前にして「社会的連帯」を強めなくてはならない、とヨーロッパでもよく言われますが、ほころびがでてきた地域の社会保障制度や、衰退するキリスト教的な伝統的地域扶助組織にかわって、ボランティア活動の潜在的な可能性が高く評価されるようになってきたことが背景にあったと考えられます。スイスはEU加盟国ではありませんが、同年以降、様々な地域のボランティア活動がメディアで取り上げられることも多くなり、 今日、その重要性が社会的に広く認知されているように思います。

しかし、今回の高齢者が暮らしやすい国のランキングでおもしろいのは、 ボランティアのような社会参加が、「社会のため」という尺度からではなく、高齢者自身の暮らしやすい環境を図るための尺度として注目され、評価されているところです。高齢者が社会参加や社会への寄与する・できることは、その価値を経済的に換算できるかという近年の議論とは別に、老後の人生の豊かさや意味を考える上で、確かに大きな価値と意義があるのだ、ということを、このランキングは改めて示しているといえるでしょう。

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ただし、既存の結社で、近年、会員とくに執行部や若い世代の人数が減っているという話もよく聞きますし、新たに退職する人のなかには、改めてボランティア活動を希望する人も少なくないでしょう。このため、これまでのボランティアの形にこだわらず、今後社会の変化や個々人の人生のステージにあわせて、柔軟な受け皿を用意することが大切です。またボランティアの人材が、働きがいや充足感をもてるように十分考慮すること も、長期的なボランティアの運営には不可欠です。スイスでは、これらの点を重視して、官民一体でボランティア団体の活動のあり方や構造を改革に着手し、功を奏してきました。

ボランティア活動を支援する新しい取り組みの具体例をいくつかあげてみましょう。まず、新しいボランティアの獲得に関しては、ボランティア団体を統括する上部機構である「ベネフォール」が、開設したボランティアの仕事の募集一覧サイトの開設があります。少し詳しく紹介しますと、まず ボランティアで働きたい地域について、地域か郵便番号を入れ、さらにそこを中心にして、どれくらい離れた仕事場までを対象範囲とするか、0キロから50キ ロまでの細かな選択肢から選びます。仕事分野は17に分かれており、教育、事務、環境、運搬、サービス、文化など様々なジャンルから希望のものを選びます。さらに、ボランティアで対象としたい年齢や社会グループ(子供、老人、障害者、外国人など)を選択することもできます。これらの条件を選んで検索すれば、すぐに結果が一覧でき、その中に気に入った仕事があれば、直接応募者に連絡するというしくみです。(応募要項をサイトに掲載できるのは、ベネフォールがボランティア団体として公式に認可した団体や組織に限られます。)

このサイト開設のおかげで、多様で常に変動しているボランティアの需要と供給のなかで、高い透明性を保ちつつ、迅速で円滑なマッチングが可能となり、潜在的なボランティア希望者が、どこかに改まって出向く必要もなく、ネットで気軽に、細かな条件で自分に合いそうな仕事を簡単に探すことができるようになりました。実際に、300人のボランティアを抱える市営老人ホームのボランティア支援部門の担当職員の話でも、近年はこのマッチング・サイト経由で応募してくる人が一番多いとのことでした。

また、「ベネフォール」は、ほかにもボランティアを活用する団体とボランティアが相互にいい関係を保って長期的に活動するため、ボランティア活動の大枠を規定し、ボランティア団体の規範を提案しています。例えば、ボランティア活動は週に6時間を限度とすること(それ以上に課せられた仕事は、ボランティア本来の善意を損なったり、団体に都合のいいように、ボランティアが「利用される」危険があるため)、ボランティアを評価し、その労をねぎらう機会を定期的に設けること、年に数回の研修 の機会を設け、ボランティアをしている人がボランティア活動を通じて個人的にも知識や技術の向上、成長する支援をすること、などが奨励されています。ベネフォールのサイトを通じてボランティアを応募する組織は、このような規範を順守しなくてはいけません。

ボランティアの人材を重視する姿勢の一環として、近年、受講した一連の研修についても、おもしろいシステムが導入されています。受けた研修内容について、スイスで共通するパスポートのような体裁の手帳に、研修主催者が記入していく制度であり、受けた研修が公的に証明されることで、ほかの取得資格などど同様に、将来、ほかの分野の活動や新しい業務に就く際に、活用することが可能です。これまでスイスで90万部が販売されたというこの研修手帳のシステムは、ボランティア活動が、同時に自身の生涯学習や専門性を高める機会ともなることを明確にしたとも言え、今後ボランティアや社会参加をさらに魅力的にし、自主的に参加する人の量の増加や質の向上につながることが期待されます。

これからの将来、スイスに負けず劣らず、多少太り気味でもハッピーで元気なお年寄りが街を闊歩し、地域活動に積極的に参加する人もどんどん増えてくるような地域や国が世界中にあふれてくる、そんな世の中を想像すると、超高齢化の時代とよばれる近い未来が、少し違ってみえるような気がします。

参考サイト

-スイスの高齢者の自己健康評価、幸福感、肥満度について
「高齢者の国際比較 」データえっせい、2013年9月16日(2016年1月11日閲覧)

world values research, relief and development

Schweizer sind zu dick - und glücklich damit. 87 Prozent der Schweizer Bevölkerung fühlen sich gesund bis sehr gesund - obwohl über ein Drittel übergewichtig ist. In: Tages-Anzeiger, 12.9.2008

-「ヘルプ・エイジ・インターナショナル」の2015年の国別ランキングとスイスの結果について
Global Age Watch Index 2105

大野瑠衣子「『シニアの楽園』スイスが見据える高齢化社会のこれから」スイスインフォ。2015年11月5日

http://www.sankei.com/life/news/150909/lif1509090016-n1.html

2011 年ヨーロッパ・ボランティア年についての特集記事

-スイスのボランティア団体を統括する上部機構である「ベネフォール」とそれが提案するボランティア規範
http://benevol.ch/home/

http://benevol.ch/fileadmin/pdf/BENEVOL_Standards_01.13_n.pdf

スイス国家統計資料 ボランティア活動者数

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


学校のしくみから考えるスイスの社会とスイス人の考え方

2015-12-03 [EntryURL]

柔軟でグローバルな思考を維持するのに、国際比較という手段は、明快で手っ取り早い手法の一つかと思います。歴然とした社会のしくみの違いを目のあたりにすると、それぞれの国で「当然」だと思われていることを改めて みてみるきっかけになったり、 これまで全く意識に上らなかったことが見えてきたり、あるいは違う社会どうしの共通する課題も見えやすくなります。

今回は、子供のスイスの現地校通学体験を通して、日本とはずいぶん異な るスイス人の考え方と社会のしくみの一端をお伝えしてみたいと思います。学校のしくみを取り上げるのは、長年住んできたスイスで、こ れが、わたしにとって一番大きなカルチャーショックを与え、同時に新しい考え方に気づかせてくれたものだったためです。なお、スイスでは地方の自治権とても強いので、州によって義務教育事情に若干の違いもありますが、ここではチューリッヒ州を中心に話を進めます。

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学業至上主義

スイスの学校は、端的に言うと、「学ぶ」という一点が最大唯一のミッ ションで、それ以外の余計と思われるものはなるべく省こうとする、ミニマリズムが貫かれているという印象を受けます。

入学式や卒業式といった儀式を重んじる行事も、展覧会や運動会、学園祭 に相当するような学校全体が高揚してまとまる年間行事もありません。(ただし行事がないわけではなくて、ほとんどすべて学級の先生が 独自に企画するのでクラス単位になり、先生によってずいぶんする内容も頻度も異なります。)クラブや動物飼育などの課外活動も学ぶ 「学校」の管轄外ということで、学校活動にはなく、 やりたい子は地域のスポーツや他の各種のクラブに自分で参加します。制服も校歌も学力向上の目的と直接的な相関性が認められないのでしょう、一切なしです。

児童が自分の学校がどこかわかっていればそれでいいということだからなのか、 学 校の名前が校内のどこにも見当たりません。校門もなければキャンパスを取り囲む壁も塀もなく、誰でもいつでもキャンパスに立ち入ることが可能です。

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学校全体のつながりの薄さを象徴するきわめつけが、校長職です。学校の顔ともいえる校長職自体が、最近までクラス担任の先生が兼任したり、誰かがまとめあていくつかの学校の事務を片付けることで事足りて、すべての学校に常駐していなかったくらいでした。さすがに近年、学校の業務が増えて、兼任するのは大変になったため、2006年からは教育条例が変わり、すべての学校に校長を配置されることになりました。ただし、学校をあげての行事や儀式がないこともあり( 色々なイベントはすべて学級単位です)、生徒が校長に会う場面は少なく、小学校で校長がどの人で、なんという名前かを聞いても、わからない子も多いようです。

また、スイスは世界的にもまれな「直接民主制」が残っている国で、教育条例や、新しい校舎の建設如何も、住民投票で決めるため、校舎が不足していても、住民投票で校舎増設が不要という意見が多数となり、 新設できないというケースもこれまで何度もありました。共稼ぎの家庭にとっては大変便利なはずの給食制度や全日制度が、スイスでいまだに導入されないのも、そのためにかかる膨大なコストを自治体が負担することを妥当とするコンセンサスが、まだ住民のなかにできていないからだと考えられます。

自己責任と自律を尊重

こんな具合に、学校という場への思いは、「我が母校」というようなしみじみとしたイメージとはほど遠い、あっさりした即物的なもので、無駄と思うものには、ばっさり住民投票という手段で節約のメスが入ります。その一方、(生活や風紀など)はそれぞれの子供や家庭にまかせほとんど干渉せず、ルールも無駄、無理を省いて最小限なので、自 己責任の名のもとに、 子供の自律や自由度が保たれていると言い換えることもできます。

例えば、基本的に授業に障害をきたさない限り、幼稚園から中学まで一貫して服装や持ち物も自由です。お化粧もアクセサリーもかまいません。休み時間の、パンや果物などの間食も認められています。というより、休み時間に生徒が何かを食べることになんら学校側で問題が見当たらないので、禁止する必要がないのでしょう。ただし、 学校側にとって、教室が食べ物で汚れると面倒なので(掃除は子供達ではなく、放課後に掃除サービスの人がします)、原則として雨の日も 冬の零下の日も屋外で食べることが条件です。しかし学校の屋外スペースには基本的に椅子などありませんから、みんな立ち食いになりますが、それを良くないとするこれといった理由もないようです。

学校への通学にもうるさいことを一切言われません。小学校入学のその日から自転車はもちろん、キックボードやスケートボード、一輪車での通学も全く問題ありません。学校のキャンパスに入るまでは、なにかあっても自己責任、学校の責任ではないというスタンスです。

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とはいえ、一つだけルールがあります。それは親につきそわれずに通学することです。このルールは、学校だけでなく、2006年 以降就学前に義務教育の一部となった2年間の幼稚園でも、子供が自立する第一歩として重視されており、それができるように入園まもなく幼稚園には警察が来て、歩行者のための交通ルールをきちんと教えます。このため、朝と昼時には、幼稚園児や単独でそれぞれの目的地に闊歩する姿が、スイスでは週日の日常風景です。同様に、自転車通学が多い小学生にも、詳しい交通ルールを実地試験をふまえながら、 段階的に教えていきます。

このようなスイスの学校のしくみは、自分が慣れ親しんできた日本のそれとあまりに違うので、子供を現地校に通わせはじめた当初は、驚きの連続でした。しかし生徒の学力向上という一点に照準を合わせ、ほかのものは本当に必要なのか、それにはいくらコストや労力がかかって採算は合うのか、とスイス人風の思考に沿って考えてみると、学校のしくみはとても一貫してわかりやすいものに見えてきます。日本人からみると、一見、学校は味気のないようにもみえますが、不可解なルールや習慣に拘束されることが少なく、時間的にも自由度が高いというよさもあります。もちろんなにか学校で問題が起きることはありえますが、起きた時に個々に対処するというスタンスであり、はじめから全員を対象に禁止するルールを作っておくというやり方は、学校 だけでなくスイス社会全般に基本的になじまないようです。

違う角度からみると、子供が安心して街を通園・通学できるような恵まれ た環境であるからこそ、学校にほとんど校則がなくて、先生や親が学校周辺の安全キャンペーンすることもなく、むしろひとり歩きを奨励するような、飾り気のない素朴な学校制度が成り立っているといえるのかもしれません。鶏と卵どちらが先かのように、学校とそれを取り巻く環境、どちらが先に良かったのか、というような簡単な問題の立て方では実情は把握しにくいですが、いずれにしても、現状が、どちらももちつもたれつの均衡関係で、良好な状態を保っている状態であるとことは確かだと思います 。

学校への評価と社会を支えるしくみ

このような公立の学校の在り方はスイスでどう評価されているのでしょうか。チューリッヒ州全体の95パーセントの就学児は、公立幼稚園・小中学校に通っていて、私立学校がほとんどないという事実は、もちろん経済的な要因もあることながら、公立学校におおむね満足・評価している人が圧倒的多数であることを物語っているといえるのではないかと思います。

安価な保育所や給食制度などの手厚い(しかし税金が高くなる)制度が今もないスイスは、ヨーロッパの中でもかなり珍しい存在ですが、その分、ボランティアや救済組織などがカバーする領域と動員数が多いのもスイスの特徴です。スイス全住民の約4人に一人が公式・非公式のボランティア活動をしており、総時間数で6億25百万時間にのぼります。15歳から75歳までのスイスで過去12ヶ月に救済組織に寄付した人の数も全体の72%と、隣国(ドイツ42%、 オーストリア57%、 フランス26%) に比べても、非常に高い割合です。社会の信頼関係や協調的なネットワークを「社会資本」として指数化した最近のヨーロッパ比較調査でも、スイスは社会資本指数が非常に高く、つまり社会的な協力関係や連帯力が強い、国の一つであるという結果になっています。これらのデータから解釈すると、スイスは、北欧流の社会福祉国家とは別の形で、必要な社会機能を維持している国であり、学校という制度もそのような社会基盤の上に成り立っていると言えるように思います。

素朴で骨太なスイスの社会システムとそれの上に成り立っているライフス タイルについて、今後も比較の視座から、折々紹介していけたらと思います。

参考文献

Markus Freitag (Hg.), Das soziale Kapital der Schweiz. Politik und Gesellschaft in der Schweiz Band 1, Zürich 2014.

Themenzeitung von Swissfundrainig und Zewo, November 2015.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


デジタル・リテラシーと図書館 〜スイスの公立図書館最新事情

2015-11-26 [EntryURL]

日本でも公立図書館のあり方をめぐり昨今いろいろな議論がでているようですが、ヨーロッパでも、公立図書館の今後の在り方をめぐって議論が重ねられています。インターネットで多種多様なコンテンツがどこからも簡単に入手できる今日、図書館の意味が根幹から問われているといえます。

一方、厳しい図書館をめぐる状況を逆手にとって、自己改造に邁進する図書館もみられます。スイスのヴィンタートゥアの市立図書館もそのひとつで、去る11月14日には、デジタル時代の図書館の可能性を提示するスイスで初の大型イベント「メイカーデイ Makerday」を開催しました。

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もともとヴィンタートゥア市立図書館は、変化する時代の需要にスイスのなかでもいち早く対応して、先駆的な地域の図書館づくりを行ってきた図書館の一つです。これまで開架図書棚を減らしながら、従来なかったいろいろなスペースを作り、多様な需要に対応できるようにしてきました。

例えば、入り口付近にと地下2階に多目的スペースやホールを作り、そこでは地域の様々な人や団体と連携しながら、ミニレクチャーやコンサート、展示、ワークショップ、ゲーム大会など、書籍に直接関係しない様々な文化的なイベントを、年間を通じて行っています。これによって、本の貸借り業務では図書館に来訪しないような人たちにも、図書館に立ち寄る機会をつくり、様々な出会いやコミュニケーション機能を担う地域の公共施設としての役割を果たそうとしてきました。

また、一人世帯が増えると同時に地元に根付いた伝統的なカフェやパブのような飲食店がチェーン店にどんどんとって代わってきている時代に呼応し、公共の図書館にこれまでなかったような社会的な機能、一人でも気軽に立ち寄ることができる、家でも職場でもない新たな「第三の場所」の機能を果たすべく、 ゆったりくつろげる閲覧コーナーや飲食可能なスペースを館内に複数設けました。

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小学生以下の子供、ティーンエイジャー、青年向けなど細かい年代に合わせた閲覧スペースや、多言語の図書も積極的に配置するなど、どの世代や社会層にも立ち寄りやすい場所となるよう工夫も重ねてきました。フランスでは、テロリストの温床として国内の移民出身者の問題が改めてクローズアップされてきていますが、そのフランスでは、1996年から2013年までに70もの図書館が放火されたといいます。放火の背景として、移民出身者たちの間で、エリート学校などと同様に、図書館に対し疎外感や敵意が広がっていたことを指摘する専門家もいます。いずれにせよ、門戸を大きく広げ、疎外感をもつ住民をむしろ積極的に取り込んで、社会全体の融和・統合の一端となり、言語や学力向上にも寄与することが、ヨーロッパの公立図書館にとって今日、重大な任務のひとつとなっています。

ここ数年は、デジタル時代に対応したサービスの多様化や最適化にも力をいれてきました。DVDやブルーレイ、プレイステーションやWiiなどの様々なメディアやゲームを増強するのと並行して、家からインターネットを通じて借りるこ電子図書館 サービスを導入しました。文字コンテンツだけではなく、映画や音楽などのマルチメディアのコンテンツも借りることができる東スイスの図書館ネットワークの電子図書館は、 書籍の貸出が年々減るのと対照的に、利用数が急増しています。

そして今回のヴィンタートゥアでの全館あげてのイベントでは、さらに先をゆく図書館のサービスの方向が提示されました。それを一言で言えば、新しいデジタル技術を住民が利用するための支援サービスです。せっかくデジタル化された便利なコンテンツが世の中にでてきても、使いこなすことができなければ 意味がなく、時代から取り残されてしまうことにもなりかねません。そのため、図書館を、住民が新しい日常や仕事で必要な様々な技術や能力、「デジタル・リテラシー」を習得し、実際にそれを駆使して作業できる場にもしていこう、というのです。

当日は、地下2階から地上5階までの全館会場で、インターネットで公開されている公的資料の閲覧の仕方やE-book の扱い方、クリエイティブ・コモンズの紹介、ビデオの編集・制作、スライドやレコードなどのアナログ・データのデジタル化方法の説明、また人気ゲームやレゴなどの人気のツールを用いたワークショップなど、デジタル世界を体験できる多種多様な催しが行われました。

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さて実際のイベント会場での反響はというと、スイス初のメイカーデイという話題性もてつだってか、開場と同時に大勢の人が訪れ、どの階もかなりの賑わいでした。 子連れや若者も多かったですが、とりわけ、これまでの伝統的な図書館の利用者である年配の方もかなり多かったのが印象的でした。図書館館長がドイツのオンラインマガジンの取材インタビューで語っているように、年配の方も含めて図書館利用者が、図書館の新しいサービスに対して前向きで意欲的なことが、今回の訪問者の多さにあらわれているように思われます。当図書館では、デジタル時代の新しい図書館の需要を改めて確信して、今後もデジタル技術を実際に習得・利用できるメイカースペース(メイカースペースについて の詳細は、別のコラム「古くて新しいDIY ブーム」をご参照ください)をさらに来年3月までに拡充する予定です。

19世紀以来ヨーロッパ において地域のリテラシー(読み書き能力)の向上に大きく貢献してきた公立図書館は、今後、デジタル・リテラシーの普及や向上にも関与・ 寄与していくのことができるのでしょうか。図書館の新たな挑戦がはじまろうとしています。

参考文献とウェッブサイト

Die Zunkunft des Papierverleihs. Von Kathrin Passig, Die Zeit. Online. 4.11.2013.

Makerday in der Stadtbibliothek

Bruder gegen Bruder. von Christian Jungen. In: NZZ am Sonntag, Hintergrunde, 15.11.2015. S.25.

Bibliothekskonzepte Braucht die Bibliothek der Zukunft noch einen Ort? , Hermann Romer, Muri, 23. Oktober 2010.

Die Bibliothek als Dritter Ort. Von Robert Barth, BiblioBe.ch. Information für die Schul- und Gemeindebibliotheken des Kantons Bern, Fachbeiträge, 19.02.2014.

Virtuelle Ausleihe. Bibliotheken rüsten digital auf. von Yannick Wiget, St. Gallen, 4.2.2013,

Bibliothekenstatistik. Die Renaissance der Lesestuben. Von Alice Kohli, 1. 9. 2014.

Schweiz: Stadtbücherei Winterthur wurde mit “Makerday” zum Mekka für Tüftler und Macher.von Marcel Thum. In: 3Dgrenzenlos.de. Das Online-Magazin mit Nachrichten und Berichten über 3D-Drucker und zum 3D-Druck weltweit.18.11.2015.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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折り紙のグローバリゼーションと新たなフロンティア

2015-10-24 [EntryURL]

突然ですが問題です。折り紙はドイツ語で何というでしょう?

正解は Origami です。スイスにきてまもないころ、日本では紙を折っていろいろな形を作る文化があり、それを「Origami」と言う、 ということを大抵のスイス人が知ってるという事実に、びっくりしました。
紙を折る文化は、多かれ少なかれ、紙がある国ならどこでもみかけられる、ごく普通のことだと日本では思われがちですが(私もそう思っていましたが)、スイスでは一般の人たちはおろか、幼稚園や小学校の教師でもほとんど折らず、折る場合もいくつかのごく 簡単な折り方しか知りません。当然、子供達も教えてもらうことができません。日本の折り紙のような複雑で多様な折り方がないのです。

歴史的にはヨーロッパでも幼稚園を世界で初めて作ったフリードリヒ・フレーベルのように、折り紙を教育的な観点などから評価する動きや、折り方を色々考案した人もいたにはいたのですが、大衆に広く支持される身近なものにはならず、日常で今日も残っている折る文化と言えば、食卓を飾るテーブルナプキンを折るくらいです。このような、折り紙の伝統が乏しいスイスをはじめとする欧米の国々では、日本の折り紙文化が、「Origami」という言葉ごと紹介・輸入されることになったのでしょう。

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フレーベルが考案した折り紙の例。出典: Armin Täubner, Das grosse Fröbelbuch.
Kreative Bastelideen aus Papier nach Friedrich Fröbel, Stuttgart 2012


その輸入文化「Origami」が、現在DIYブーム(DIYについてはコラム記事 「古くて新しいDIYブーム」を参照ください)を追い風にして、スイスで子供だけでなく大人も楽しむ手作業として静かなブームになっているように思います。

地元の公立図書館の所蔵する本を調べると、Origami というキーワードの検索で出て くる本は59冊あり、 1965年に出されたものが最初で、80・90年代以降、折り紙の本が増えていきます。このころから次第に折り紙という言葉と折り紙工作が少しずつスイスでも知られるようになっていったのでしょう。近年は、子供向け、大人向け、また動物折り紙やデコレーション用など、折り紙のなかでもテーマを特化したものが多くなっており、様々な人が異なる関心から、折り紙に興味をもっていることが想像されます。

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店頭でも、 折り紙の本と並んで、両面折り紙や、大型で折り目がついて子供でも簡単に作れる折り紙などを目にします。スイスではあっても高価な日本製の折り紙は、日本からのおみやげにスイスの子供や学校の先生にプレゼントすると大変喜ばれるアイテムの一つです。

ただし、今までやったことのない人が、いきなり本を見ながら折り紙に挑戦するのはかなり難しいことのようです。このため、折り紙の基本を手ほどきする折り紙学習講座やワークショップが、各地で開催されています。わたしもこれまで何度か折り紙ワークショップに参加したり、折り紙を教える機会があったのですが、どの回も盛況でした。仕事帰りと思われる男女が悪戦苦闘しながらも、楽しそうに小さな紙を慣れない手つきで折っていたり、子どもたちが真剣な表情で夢中になって作品を作り上げていく姿は、見慣れたスイスの光景と違って、なんだかとても新鮮で、印象的でした。

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市販の大判で折り目がついた子供用折り紙


はさみやのりを一切使わず、3次元の立体的な形を自在に作り出すことができる折り紙の構造は、単に作ったり、飾ったりして楽しむ対象としてでなく、 産業、工学、医学、教育、セラピーなど多様な分野で利用、応用できるものとしても、世界的に注目を集めています。

飛行機の機体に折り紙構造を応用すると、軽量でありながら頑丈な機体となり、機体の重量を30−40パーセント減らすことができます。一瞬で全体が広がるエアーバッグの折りたたみの技術を工夫すれば、性能は同じでもこれまでよりずっと小さいエアーバックを作ることができます。宇宙工学分野で開発が進められている、 組み立て不要で軽量の折りたたみ型の直径34メートルの大型軽量のスターシェイドが実現すれば、これまで不可能だった星の観測が可能だといいます。植物の葉や昆虫の羽など、自然界で見られる折りたたみの構造は、生物の機能を模倣・応用した技術や構造を開発するビオニーク Bionik という分野でも重要なテーマとなっています。

教育学や医学分野では、幾何学への理解や、 集中力、運動能力の向上に、折り紙が役立つとされ、2006年以来、折り紙を使った教育やセラピー方法について意見交換をする国際会議も毎年開かれています。

最後にもう一度、問題を出します。他国との対立問題を起こすこともなく、 平和裏に世界で愛好されるようになり、同時に、目下、最先端の様々な産業・学問分野で評価されたりインスピレーションの源泉となっている、日本の伝統的な文化とはなんでしょう。この記事を読んでくださった方以外は、多分答えられないのではないでしょうか。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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ドイツとスイスの難民 〜支援ではなく労働対策の対象として

2015-10-09 [EntryURL]

ヨーロッパでは毎日のように難民のニュースが報道されています。特に夏以降、ドイツをめざして押し寄せる難民たちが増加し、今年1年でドイツ一国に80万人が難民申請すると推定されています。このような状況下の10月6日、ドイツ労働・社会省系の研究所(IBA)は、9月までの労働市場における難民の状況と今後の難民のドイツ経済に与える影響について発表をしました。

この報告によると、現在ドイツ内で50万人の難民を雇用することが可能であり、将来は93万4千人にまで増やせると見込んでいます。過去5年では110万人の難民が就業しており、今後も入国して1年以内に就業できる難民は、言葉などの問題で8パーセントにすぎないが、5 年間で50パーセントまで上がる見通しです。一方、難民は過半数以上が25歳以下の若者で、ドイツ人やドイツ在住の外国人に比べて教育水準が全体的に低いため、就労は、ホテル、飲食業界、クリーニング業務など、もともと人員不足であった分野に当面限られるため、一 般のドイツ人就業者の脅威となるようなことはない、と強調します。

経済に強いスイスの主要ドイツ語日刊新聞「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」日曜版の看板コラムでも9月、「ドイツは移民政策ではなく、むしろ(将来の労働力確保のための)人口政策に取り組んでいる」と書かれていました。将来の就労人口低下に対する危機感は先進国全般にみられますが、実際に、100万人に近い規模で移民を短期で受け入れる、という急激な社会転換を、ドイツが想定していることにおどろきます。移民の受け入れ議論は低調で、移民を受け入れる代わりに、「短期移民」として観光客を呼び込むことを積極的にうながすイギリス人経済アナリストの本が、今年話題になった日本と、あまりに対照的な印象を受けます。

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※ スイスでもっとも読まれている新聞(とはいってもフリーペイパー)で一面に難民の写真と記事がのっているもの



ドイツの人口(約8千2百万人)の約10分の1しかないスイスでは、ドイツに流れ込んだような規模の難民はとうてい受け入れられませんが、 それでも今年、来年各年でそれぞれ3万人前後の難民が入国すると見込んでおり、一度に1万人規模の難民が押し寄せることも想定して、各地の軍事施設や避難用施設なども利用し、準備をすすめているところです。

難民として入国した人々は、暫定滞在許可をもらい、難民申請に入ります。申請にかかる時間は人や出身国によって大きく異なりますが、スイスでは通常数年かかります。難民申請中に知り合ったアフガニスタン人とスリランカ人は、難民申請から滞在許可をもらうまでに5年近い歳月を要していました。 難民申請中の就労はスイスではほとんどできないか、厳しく制限されています。また、滞在許可が下りる前の段階では、生活費は支給されますが、語学講座の受講費まで出してもらえることはまれです。このため、ボランティア団体や救済関連組織が主催する、無料で受講可能な語学講座には参加できますが、それ以外の一週間のほとんどの時間を無為にすごすことになります。

就労も語学の習得もできないとなると、長期滞在許可が下りたあとも社会にすぐに順応することは難しくなります。しかし、このような問題がよくわかっていても、スイスのような小国では、難民への待遇が他国に比べてよくなることで、難民がいっぺんに自国に押し寄せることが危惧されるため、他国の動向をみながら、状況改善に慎重にならざるをえないというのが現状のようです。

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※ 救済組織カリタスが開いている難民やほかの移民のためのドイツ語やコンピューター講座の案内のパンフレット



他方、 スイスをはじめヨーロッパ諸国には、日本同様に、恒常的に人手不足が深刻な分野があります。その典型的な例である介護分野では、少しでも人手不足を緩和するため、政治や制度の改善をたのみにするだけでなく、現場でも独自の対策に取り組みをしていますが、ここで大き く期待が寄せられているのが難民です。

通年介護資格取得のための研修を実施している赤十字社では、外国人のコース受講を奨励しており、受講者はほとんどが外国人というクラスもあるといいます。上述のアフガニスタンとスリランカからの難民もスイス在住許可がおりる とすぐに、介護資格の取得をすすめられており、研修を受けることに前向きでした。実際に介護資格を取得するには、授業もさることなが ら、介護の対象となるスイスの老人の言葉を理解し、適切に判断しなくてはならず、外国人にとって決して容易なことではありませんが、 それをまた支援する人たちがいます。介護の対象者である老人たち自身です。いくつかの老人ホームでは居住者が、ボランティアに来る外国人に言葉を教えているといいます。

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※ ドイツ語講座が行われている部屋の一例



ドイツやスイスなどの主に西ヨーロッパ各国は、大規模な難民を受け入れる道をもはや選択するという段階ではなく、多かれ少なかれ容認し、覚 悟をすえて、すでに歩みだしたといえるでしょう。様々な国や文化の人々の社会の統合は、いろいろな要素が入り混じり、簡単に予測でき ません。短期で結果が出るものでもありません。そうではありますが、前述の老人ホームの話のなかに、未来の道すじが少しみえるようなきがします。人手が足りない介護の仕事を難民が補おうとし、その難民にとって言葉の取得という困難な問題を、介護の対象者である老人ホームの住民が助ける。それぞれができることをし合い、支え合うという関係は、どんな時代・状況になっても今後も社会の原則として存続していくことは、変わりがないように思われます。

参考サ イトと文献

Aktueller Bericht „Flüchtlinge und andere Migranten am deutschen Arbeitsmarkt: Der Stand im September 2015″

Presseinformation des Instituts für Arbeitsmarkt- und Berufsforschung vom 6.10.2015

Beat Kappeler, Ohne Zuwanderung fällt Deutschlang weit hinter Frankreich zurück, NZZ am Sonntag, 13. September 2015.

デービッド・アトキンソン『新・観光立国論』、東洋経済新報社、 2015年
Wir müssen Deutschkurse vom ersten Tag an anbieten” 4. Sept. 2015, Süddeutsche Zeitung

Asyl-Politik der Union Arbeitskräfte rufen, Flüchtlinge willkommen heißen , 3. Sept. 2015, FZZ

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


照明の常識を超える照明の時代へ 〜OLEDの挑戦

2015-10-01 [EntryURL]

17世紀のオランダの画家ヨハネス・フェルメールの室内画では、天井近い窓から日差しが人々に降り注いでいます。照明器具が未発達だった当時、明かり取り窓の大きさや位置が、いかに室内の生活を左右する重要なものだったかが想像されます。しかし19世紀末に電気・電球が発明されると事情は急変し、中央の天井付近を占める照明器具によって、昼夜を問わずいつでも、また部屋の隅々まで、簡単に明るくすることができるようになりました。

以後100 年余り続いたスイッチ一つで操作する電気照明の歴史を飛び出して、照明がもっと多様な形で、室内や人の生活に組み込まれるようになるのではないか。そんな可能性に注目する特別展が、10月中旬までスイス、ヴィンタートゥアにある産業博物館で開催されています。この特別展で注目されているものはたった一つ、 OLED(Organic Light-Emitting Diode)を使った照明です。OLED (有機発光ダイオード)は、有機化合物に電圧をかけて発光させる有機EL(有機エレクトロルミネッセンス)の技術を応用した製品です。この最先端素材の可能性をさぐるため、2014年からバーセル造形芸術大学、製造業者、デザイナーなどの産学共同プロジェクトが、国の助成を受けて立ち上げられ、今回の特別展ではそのプロジェクト成果が展示されました。

まとめてみると、 OLED照明には次のような特徴があります。

非常に薄い層状の有機化合物の全面が発光するため、照明は平らでむらがない
現在世界最大の OLED 製造業者であるフィリップス社の場合、光源はわずか0.7mmの厚さしかなく、その間と外側にガラスやプラスチックを挟んでも、ごくわずかな薄さしかありません。

形状が自由自在に変えられる
これは、こ れまでの照明器具がまったく手にしたことがない新しい境地であり、多くの可能性が考えられます。自由な配色にまつわる問題もほぼ解決しています。ただし、一定以上まげると層状の発光体が壊れて発光できなくなるため、柔軟な素材には未だなっていません。

ガラス窓に匹敵するほどの透明性が確保できる
OLEDを透明にすることができるため、鏡や窓など、これまで考えられなかった場所を発光、照明させることができます。

寿命が非常に長い
OLED照明の現在の寿命は5万時間に到達しており、今後、寿命を気にすること自体がなくなる、という域にまで達すると言われます。

省エネである
発光効率が年々高くなってきており、現在60 lm/Wのものもあります。これは、従来の電球 やハロゲンランプに比べ5〜6倍発光効率がよいことになります。

有害物質を含まない
99.9パーセントガラスでできており有害物が含まれておらず、使用後はガラスとして廃棄することができます。

発熱しないため、冷却も不要
発光中も体温ほどの温度までしか発熱しないため、発熱が問題でLED照明が使え ない部分でも使うことができます。

遠くまで光が届く
フィリップス社の試験結果では、均質に発光する光源の光は、従来の光源の光よりも30メートル先まで届き、時間的には3倍速く遠方から光源を知覚できるといいます。このような特徴をいかし、ベルギーでは11X20cmの OLED 製の誘導パネルがすでに量産体制で製造されています。ドイツでは2015年から OLEDのバックライトの車が販売される予定です。

これだけの優れた特徴をもつ OLED 照明ですが、大きな難点はその値段です。ナノテクノロジーを駆使した高品質素材は、いまだに非常に高価であり、この点では有機ELテレビが苦戦している状況と似通っています。ただしフィリップス社では、製品によっては2年間で10分の一まで下がった実績があり、今後急速に値段が下がる見込みがあると楽観視する見方もあります。少なくとも、 2017年には OLED 照明は量産体制に入るとの見込みです。

このような新しい照明材料は使って具体的にどんなことができるのでしょうか。一言で言えば、従来の照明という発想をこえ、建築やデザインの素材の一部として利用することが可能になったということのようです。壁や床、家具に組み込んで、インターネットやコンピューターにもつなげれば、 さまざまなインターアクティブ型の照明になります。小さなユニットとして利用すれば、つけはずしが非常に簡単なので、あらかじめアダプ ターが組み込まれた家具や調度品の好きな位置に好きな量を、つけはずしすることもできます。窓に透明なものをとりつければ、夜昼を問わず、太陽光が差し込むように室内を照明することも可能です。しかしこれらはまだほんの一例で、まだまだ未曾有の可能性が潜んでいるといえるでしょう。

ただし、一 点の光源を持たず均質に発光する特性は、LED照明とは大きく異なるものであり、エネルギー効率・寿命・価格の3点揃って優れたLED照明を駆逐 するものではありません。2007年のシーメンスの調査によれば、世界の電力消費の20%は照明によるものであり、20億トンのCO2に相当します。LEDランプ以外を一切販売しない方針を打ち出した大手家具会社IKEAなど、近年のさまざまなレベルのLED照明普及への取り組みは、今度も大いに奨励・評価されるべきでしょう。 OLED関係者の間でも、LEDとOLED両者を組み合わせて最適化を図っていくことこそが、将来の「希望の光」となると期待されています。

特別展開催 中定期的に開催されている解説ツアーに先日参加すると、日曜の午前にもかかわらず40人ほどが集まっていました。これはスイスの小規模博物館としはかなりの大入りであり、参加者の面々も、小学生をつれた家族づれから年配の人まで、老若男女非常に多様多様であったのが印象的でした。照明は生活に身近なインテリアなだけに、市場での動きとは別に、一般の人たちの間では、全く新しい可能性を秘めたOLED照明に、高い関心や期待が寄せられているのかもしれません。

参考サイトと文献

OLED共同プロジェクトのホーム ページ(下部に特別展の多数の写真つき)(ドイツ語)

雑誌「Hochparterre」のOLED特集号(ドイツ語)
Themenheft von Hochparterre, Mai 2015, Licht der Zukunft.

Elekitroniknet.de の記事(ドイツ語)
OLED-Licht macht rasante Fortschritte, von Mathias Bloch, 13. 1. 2014

フィリップス社のOLED照 明紹介ビデオ(ユーチューブ50分)
The future of lighting is here: OLED (Dietmar Thomas)

IKEAのLED 照明器具について(英語)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


協同組合というビジネスモデル

2015-09-25 [EntryURL]

少し前になりますが、国連は2012年を国際協同組合年 International Year of Cooperativesと定め、年間を通じて様々なキャンペーンが行われました。協同組合と聞けば、新鮮というより、むしろ古めかしを感じるこの老舗のビジネス形態になぜ国連が注目したのでしょう。

19世紀後半ヨーロッパ各地で産業化の進展に伴い、労働者層や貧困層の生活を維持するために生まれた様々な自助組織にルーツをもち、世界的に広がった協同組合は、現在の日本においては組合員だけでも6千万人を上回っており、世界的には数十億に達するといいます。途上国においても、過去50年間を通じて、協同組合がめざましく発展をとげてきました。今日、フェアートレード生産物の75パーセントは、協同組合が請け負っており、フェアートレードの興隆は、 途上国の協同組合の発達を意味するといってもいいほどです。

スイスでは、これらのフェアートレード商品を積極的に販売しているのも生協(生活協同組合)です。ミグロとコープという二大生協は、スイスの全小売業の売り上げ全体の約半分を占めており、二つ生協の組合員数は合わせて約450万人。組合や購買・消費行動を通して、生協の運営に大きな影響を与えており、フェアートレードは途上国とスイスの両者の協同組合の橋渡しで成り立っているといった感じです。ちなみに、スイスで扱われるフェアートレード商品の数は毎年増えており、現在食品から雑貨まで2200品目にのぼります。2014年のスイスのフェアートレード商品の売り上げは前年比7.5パーセント増の4億6700万フラン(1フランは約120円)で、一人当たりでは年間57フランをフェアートレード商品購入していることになります。

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また、スイスには世界的に有名なUBSとクレディスイスというメガバンクがありますが、それらに続くスイスで第三に大きい銀行は100年以上の歴史をもつ、やはり協同組合のライフアイゼンバンクという銀行です。顧客で同時に銀行の共同所有者である地域の組合員が監視する顧客重視の銀行形態のため、2008年の金融危機でもほとんど影響を受けませ んでした。というよりむしろ、打撃を受けないどころか、金融危機の多大な恩恵を受けたと言えます。他の銀行に不信感を持った10万人の新規顧客が殺到し、月々10億フラン(当時のレートで約879億円)の大金が銀行に流れ込み、同時に信用貸しの需要も減らずに、銀行の最高レベルの貸し出しを続けることができたといいます。以降も金融危機に強い銀行としての圧倒的な支持を得、現在の顧客数は370万人(スイスの全人口は約820万人)、 組合員数は180万人を抱えています。ちなみに、スイスの全協同組合数は9600で、スイスより10倍以上の人口を抱えるドイツの全協同組合数7500よりもはるかに多く、協同組合という形態が特に人気のある国のようです。

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フェアートレードを成り立たせている協同組合、金融危機に強い協同組合とくると、古めかしいだけの協同組合のイメージが変わってきます。実際、2008年 からの金融危機で一般企業が大きな打撃を受ける中、協同組合においては、金融危機の影響がほとんどなかったことが、国連で2012年を協同組合の年に設定した大きなきっかけだったようです。具体的にどんなことが協同組合という形態で注目されるのでしょうか。まず協同組合とは何かを改めて整理してみると、国際労働機関の協同組合専門家によれば、「人々が結集し、民主主義に基づき財産を築き、それを正当な方法で再分配する」ことであ り、「市場原理と社会的な取り組みを融合 し、連帯を参加者の中心に置くモデル」で あるとされます。具体的には、組合員は、共通の経済的、社会的、また文化的な目的のもとに組織化しており、利潤の最大化を至上課題とせず、投資額に関係なく一人一票の議決権を持ち、民主的な形態で運営方針を決めていくことなどが、普通の企業形態と大きく異なる特徴です。 再びスイスの例になりますが、ミグロ、コープでは、社会、環境活動や途上国援助、ライフアイゼンバンクも国内の文化、芸術活動の助成など、様々な社会貢献でも広く知られています。

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国連は、このような組合員による民主主義 に基礎を置き、利潤追求だけでなく社会的、倫理的な価値を重視する運営形態に、大きな可能性を見ており、同時に、ここにあげたスイスの例にもみられるように、協同組合という形態が、理想像や未来のビジョンとしてではなく、先進国、途上国どちらにおいても、現在実現そして成功可能なビジネスモデルであることを重視しました。協同組合のビジネスモデルとしての実績 は、雇用数も物語っています。スイスにおいて、国内最大の小売り業務を行う二大生協は、スイス最大の雇用主であり、世界規模でみると約1億人が協同組合で就労していると言われま す。国際労働機関によると、 世界的に多国籍企業が雇用する場合より、 協同組合が組織され雇用する場合の方が、20パーセント雇用が増えるとされます。

とはいえ、現在のグローバルな経済環境において、地域でうまく機能する協同組合が、常に安定した雇用を確保し、社会的な理念を反映させていくことは並大抵のことではありません。 特にユーロ安、スイスフラン高がつづく現在、スイスから国境を超えた隣国への買い物に歯止めがかかりません。ユーロ圏から進出してくる安価が売りの大手スーパーとの競争も熾烈です。

ただし、あるいはこんな事態だからこそ、 もしかしたら協同組合という組織形態が大きな威力を発揮するのかもしれません。協同組合ができた当初、様々な軋轢や葛藤があったように、 今後も協同組合は、 常に時代の状況に応じて変化しながら、組合員と共に、共存共栄の可能性を模索していくことでしょう。

参考図書、サイト

国連協同組合年のサイト(英語)

http://social.un.org/coopsyear/

http://www.ica.coop/activities/iyc/2japan.coop/outline/index.html

2014年のスイスのフェアートレードの実績報告書(ドイツ語)

アルフレート・ヘスラー著山下肇、山下万里訳『ミグロの冒険』岩波書店、1996年

スイスの協同組合についての記事(ドイツ語)

国際労働機関 International Labour Organisation(英語)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


古くて新しいDIYブーム

2015-09-17 [EntryURL]

最近会ったスイスの首都で大学都市でもあるベルンの大学生は、DIYがブームで、街のいたるところでこのごろみかけると言っていました。DIYとは、英語Do it yourself の略で、既成の商品ではなく自分で日常必要な物品や家具、家電を作る行為やその流行を指します。ルーツは1950年代のイギリスと言われ、特に60・70年代、 短いサイクルで生産・消費・廃棄される商品の量産が日常化してくるようになると、世界各地で、自分の手でを使ってものを作りだすことが、 再び高く評価されるようなり、幅広く支持者層が広がるようになっていきました。

このような動きは、英語の頭文字をとった「DIY」という名前で、世界的に知られ、ドイツ語圏でも広く定着しています。流行の当初は社会批判的な意識合いが強かったようですが、自分で何かを作ることは、クリエイティブであり、なにより楽しいもの!それに改めて気づいて、そこに仕事の対極に位置するやすらぎや喜びを見い出す人が続出していったというのが、人気がおとろえないDIYの実情なのではないかのではないかと思います。

冒頭で紹介したように、ここ数年さらに人気が高まっているようです。ドイツでは、2014年のDIY部門の売上が、前年比で13パーセント伸びて13億ユーロに達し、アンケート調査では若者の3人に一人が何らかのDIYをしていると答えています。DIYが若者の間でも注目され、新たに人気を得るようになったのには、二つの画期的な発明品(技術開発)が関連していると、専門家は言います。それは、インターネットと3Dプリンタです。

まず、インターネットは、編み物や料理など、従来日常生活で培われていた知恵や技術を、共有したり発展させるのを可能にしただけでなく、これまでプロと素人との間の隔たりが広かった家具やインダストリアル・デザインなどの分野でも大きな変化を生みました。

例えば、デザイナーたちによって考案された詳細な設計情報を、一部インターネットで簡単に入手できるようになりました。今春開催された、チューリッヒ造形美術館の「Do it yourself」展で展示された家具類も、その好例です。複数のカップケーキ用の紙カップをクリップでとめただけのシェードランプや、 金網を筒状にして上部を軽くつぶしただけの「5分椅子」、あるいは家具販売の大手IKEAの安価な椅子を分解・改良してつくったコートハンガーなど、展示された家具類はどれも、素人でも手に入れやすい材料で、簡単に作れることが強く意識されたものでしたが、インターネット上で設計図を入手できることにより、DIY作業がさらに決定的に便利で楽になりました。

DIYのデザイナーの中にはさらに、トーマス・ロメーのように、素人がデザイナーの設計図を模倣するだけでなく、モジュール化したパーツを使い、それを組み合わせるという新しいDIYの可能性を考えている人もいます。パーツをモジュール化することで、素人でも、レゴのように、いろいろなものを組み合わせて、使い勝手に合わせたオリジナルのものを作ることが簡単にできるというわけです。実際に、モジュール化した様々なパーツのデザインは、すでにオープンソースとしてインターネットでデータベース化されて公開されており、誰もが提供・利用できるしくみとして、日々進化しています。

このように、インターネットという情報入手や交換が大幅に簡略される環境が整ったところで、次にキーとなるのが、3Dプリンタです。3Dプリンタのおかげで必要なパーツをすぐに作ることができ、自由自在に作品を作ることが可能になっただけでなく、故障したパーツを作って代替することで、古いものを使いつづけることも可能となります。つまり、家具や家電の機能や形だけでなく、それらの寿命までも変えることができるようになります。

ただし、高質の3Dプリンタは自宅に置くにはまだ高価な代物です。そこで3Dプリンタやレーザーカッターなどの最新の電子機器を共同で利用する、アメリカ発祥のFabLab (Fabrication Laboratory)とよばれる共同作業場が、ここ数年でスイス各地でも、工学系の大学の協力を得ながら設置されてきました。しかしながら、このようなスペースを、さらに工学・技術系の会員だけの作業場にとどまらせておいては、また新技術をめぐり、専門家と素人の間に新たな隔たりを生むことになってしまいます。

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公共性の高い場所という性質を活かして、広く一般の人に新しい電子機器を気軽に知って、使ってもらえる機会を提供しようと、独自に取り組みはじめた公立図書館もあります。取材したスイスの地域図書館では、「メイカースペイス」とよばれるスペースを、今年の初めから、技術系の本棚が並ぶ一角に設置しています。年内の本格的な始動を目指し、現在はまだ試験的な段階ということでしたが、レコードなどの音源をデジタル化する機器や、ビデオ編集機器が現在一般に利用可能になっていました。

DIYは、時間的にも経済的にも非効率的で、豊かになった国のぜいたく行為にすぎないと一蹴する見方が、今でも社会には一定程度みられますし、そ の意見が一概に間違いだとは言えませんが、そんな机上の議論と異なる次元で、インターネットと3Dプリンタという追い風を受けて、消費市場では数的にみえにくい形とスケールで、DIYの可能性が広がっているのかもしれません。もしそうだとしたら、近い将来、家具・家電・雑貨全般の生産・流通・消費のサイクルや、市場そのものの在り方にも少なからぬ影響が及ぶことでしょう。またDIY自体も、今後新たなネットワークをつくり、新規のイノベーションをもたらすのかもしれません。

どんな技術やシステムを取り入れ、あるいは既存の部門と連携しながら、DIYがさら にどんな風に展開していくのでしょうか。今後が楽しみです。

参考サイト

Selbstgebaute Designer-Möbel als Gesellschaftskritk

チューリッヒ造形美術館の「Do it yourself」展について(英語)

Frosta: Ikea Hack von Andreas Bhend(IKEAの簡易椅子を材料にした3種類の家具の設計図 英語)

Die Welt ist mir zu viel(ZEITmagazin Nr. 1/2015 8. Januar 2015)

Thomas Lommee - Open Structures(英語の講演)

モジュール型デザインのデーターベース・サイト(英語)

Absrakt. No 8 - MACHEN IST MACHT - Zum Aufstieg der Do-it-yourself-Kultur.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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前途有望な 未来の食材?

2015-09-04 [EntryURL]

人口が増え続ける将来の食料危機が心配されていますが、もしも地球上いたるところで見られるのに食べられていない食材がまだあるとしたら?さらにそれが、安全で栄養価が高く、おいしいもので、安価で量産も可能だとしたら?そんな上手い話があるはずがない、と思う人が大半かもしれませんが、そんな夢のような食材を実現するために、研究や生産に取り組む人たちが一同に集まる会合が、先日スイスが開かれました。その名も 「スイス昆虫食会議」。この会合は、昨年始まったばかりですが、虫を食べるというセンセーショナルなテーマが逆に話題をよぶこととなり、 以後メディアでもたびたび取り上げられています。

国際連合食料農業機関(FAO)によると、 食用昆虫の種類は世界で2000種あり、20億の人が実際に食用としています。ただし昆虫食はほとんどアジアに限られ、ヨーロッパでは、 戦中戦後の食料が逼迫していた時代までは一部の農村でみられたものの、現在はほとんど残っていません。しかし、昆虫は高タンパク質など栄養学的に優れ、暑さや乾燥など過酷な環境にも強い昆虫はほかの家畜の飼育に比べて、はるかに小さいスペースで効率よく安価で飼育することができます。このため、特に途上国においては、今後の食料危機を回避する貴重な栄養補給源として有力視されています。また、昆虫を家畜の飼料として使うことももちろんできますが、昆虫を飼料にした家畜や魚を食べるよりも、人が直接昆虫を食べるほうが、はるかにエネルギー効率がよく、Co2の削減にも大きく貢献することができます。

ただし、高価な食材を購買できる先進国の消費者のなかで、虫をあえて食べる文化が根付いていくのかは、まだ未知数です。ただ、昨年からメディアで注目されたという事実も物語っているように、人類が将来さけて通れない食料や環境危機の一つの打開策として、環境意識が高いスイス人の間で、一定の期待がされているのは確かだと思います。事実、現在のスイスでは、食用や飼料用として昆虫を食用とする商業行為が禁じられていますが、2016年に食品法を改正して、何種類かの昆虫が食用として認められる見通しが高くなっています。そうなると早ければ、来年の秋ごろにはバッタやコオロギなどがレストランに登場するかもしれません。

ただし、今後本格的に昆虫食がビジネスとして定着・展開していくためには、スイスだけではなく、ヨーロッパ諸国でも同様の昆虫食の規制が緩和されていくかが鍵となりそうです。

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一方、環境や食料危機の観点からだけでなく、味わい豊かな新たな食材としての面に注目する専門家たちもいます。現在知られている食用昆虫の2000種の味は、肉や木の実類、柑橘類を連想させる食感など、非常にバラエティーに富んだものであり、デリカテッセンと賞されるものもあります。30年前には(ヨーロッパ人に)考えられなかったような、生の魚を食べる寿司食が、現在のヨーロッパで広範に愛好されているように、 今後5年から10年で昆虫食への見方が大きく変わり、味にこえた先進国の人々の間で、昆虫という新たな食材を使った食文化が定着する素地は十分にある、専門家は指摘します。ちなみに、チューリッヒ応用科学大学学生と関係者を対象にした最近のアンケート調査では、昆虫食を絶対に口にしたくないと答えたのは3割弱で、6割以上の人は、虫の種類やみかけがどうかによるが、虫を食べられると思う、と回答したそうです。

昆虫食は果たして本当に未来に定着するのでしょうか。もしそうなるとすれば、従来の食文化や虫のイメージを強く打ち破っていくことが必要でしょう。 それには、味もさることながら、イメージ(加工の仕方やみかけも含めた)や、環境意識が重要な鍵を握るのかもしれません。食品関連法の改 正以後のスイスでどのように展開をしていくのか、今後も興味津々見守っていきたいと思います。

参考サイト(特に表記していないサイトはドイツ語で書かれています)

(注:スカイフードとは食用昆虫の別名)

スカイフードに関するユーチューブチャンネル(英語)

第二回スイス昆虫食会議プログラム(ドイツ語・英語)

昆虫食(日本語ウィキペディア)

チューリッヒ応用科学大学雑誌『インパクト』29号(2015年6月)、32-38ページ

チューリッヒ応用科学大学雑誌『グレーザー』3ページ

ラジオインタビュー(2015年9月3日)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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