放課後の子どもたちの活動をマネージする 〜スイスのお稽古事事情

放課後の子どもたちの活動をマネージする 〜スイスのお稽古事事情

2017-04-24

スイスでは塾に通う子どもたちが増えてきましたが、ほかのヨーロッパ諸国に比べるとその割合はまだ低くとどまっています。一方、学校にはクラブ活動のような課外活動が一切ありません。このため、スイスの子どもたちには放課後、比較的長い自由な時間があることになります(詳しくは、「学校のしくみから考えるスイスの社会とスイス人の考え方」と「急成長中のスイスの補習授業ビジネス 〜塾業界とネットを介した学習支援」をご覧ください)が、子どもたちは、どうすごしているのでしょう。結論から先にいうと、1つか2つお稽古事をするというのが、(特に小学生の間では)一般的です(ここでの「お稽古事」とは、学校以外のところでなんらかの形で子どもたちが習うものやその行為全般を指すこととします)。
日本と学校システムや家庭事情、また生活リズムが異なるスイスでは、どんなお稽古事があるのでしょう。今回は、スイスで人気のお稽古事に注目しながら、スイスの子どもたちのお稽古事事情について概観してみたいと思います。
親の期待を背負う運動系お稽古事
近年の調査で、ほかのヨーロッパ諸国同様に、スイスの子どもたちの間で運動不足や太りすぎの子どもが増えてきていることが、よく指摘されます。豊富なコンテンツが楽しめる快適なデジタル環境が整った住居が増え、子どもたちが家にこもりがちになっているのが主要な原因のようです。このため、いかに子どもたちを家にこもらせず、「健全に」放課後を過ごさせるかが、社会全般においても親の間でも、強く意識されるようになってきました。しかし、子どもを毎日、放課後運動するよう促す時間も余力も、親にはなかなかありません。そんな放課後事情を抱えるスイスで親にとっての救世主となるのが、お稽古事です。特に日が短くて寒いたべ外遊びが難しい冬の季節には、子どもたちが運動不足になる(と少なくとも親たちは思っている)ため、お稽古事が重宝されます。
運動系のお稽古事には、地元のなんらかのスポーツクラブ(ここでいうスポーツクラブとは、サッカーやハンドボールなど個々の種目毎に結成されたクラブのことで、フィットネスクラブのことではありません)に所属して行う活動、自治体がイニシアティブをとって行われている各種のスポーツプログラムへの参加、企業や個人がビジネスとして行っているお稽古事、の主に3種類あります。
スポーツクラブは各地にあって、それぞれの地域に根ざした歴史も長く、子どものお稽古事としても非常に定着しています。男子はサッカー、女子では体操クラブがその好例です。スポーツクラブの多くは、クラブに所属する大人たちがボランティアで子どもたちの指導をしているため、比較的安価で参加できることも大きな魅力です。スポーツクラブには入りませんが、ボーイスカウトやガールスカウトなどの週末の野外活動を中心とするクラブも、いまだに根強い人気があります。
子どもたちに体を動かす機会を増やすため、放課後の時間のスポーツプログラムを格安で開催する自治体も近年増えています。これらのプログラムは、ダンス、アイススケート、合気道などの種目別コースだけでなく、スポーツが苦手な子どもたちのための特別のプログラムなど、子どもの興味、体力や技能に合わせ、気軽に始められる幅広いオファーであるのが特徴です。
サーカスの授業
企業や個人が提供するお稽古事では、スイミングやバレエなどのクラシックなお稽古事に加えて、目新しいものやユニークなものも増えています。ここではその一例として、スイスで近年人気が高く、しかし日本ではあまり知られていないお稽古事として、サーカスの授業を取り上げてみます。
サーカスと日本で聞くと少し突飛な感じがするかもしれませんが、スイスにおいてサーカスは、クリスマスやイースターなど休暇のたびに、町にやってくる季節行事や伝統文化の一部となっており、今もなお、子どもから大人まで広い層を魅了するエンターテイメントです。このため、スイスの子どもの間ではサーカスに対して親近感も関心も相対的に強く、ジャグリング道具などのサーカスの基本道具は、日本のけん玉のように、今も子どもによく遊ばれる遊具の一つです。
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サーカス等のアクロバティックな運動のための遊具・道具類

サーカスの授業では、具体的にどんなことをするのでしょう。ジャグリングや皿まわしのような小道具を使った練習だけでなく、玉乗り、曲芸用自転車、一輪車、空中ブランコ(揺れずに静止しているブランコの上での演技が中心)、縄わたり、吊り下げた布(空中で布をたぐりよせて体を固定し演技する)などを使った練習もします。年齢や能力に応じて習えるものは異なりますが、どの子も週1度の練習だけでも年間の練習を通じてかなり上達するので、それを披露するために、 年に一度、家族や知人を招いて行われるサーカスのショー(発表会)も開催されるのが一般的です。
普段は体験することができない本格的なサーカスの道具の使い方を習い、さらにそれを人前で披露して拍手をあびるという体験は、子どもにとって格別なようです。サーカスの授業の人気はかなり高く、 受講を希望しても、半年や1年クラスに空きができるまで待たなければならないこともめずらしくありません。サーカスの授業受講者数全体を把握できる統計データは見当たりませんが、参考までにいくつか数字をあげておきますと、スイス・サーカス連盟のサイトで紹介されている 「子どもサーカス」と「サーカス学校」と称される団体は現在、全国で、27団体あります。この中の一つであるチューリッヒに拠点をもつサーカス学校の一つ「マロッテ」だけでも、400人以上の生徒がいます。
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OECDの調査によると、スイスでは学校のクラブ活動が一切ないにもかかわらず、15歳の子どもたちの73.1%が学校以外でスポーツを行っており、他のOECD諸国の同年の子どもたちのスポーツをしている割合(69.8%)よりも上回っています。このような結果は、とりもなおさず、様々な運動系のお稽古事が各地で提供されていることのおかげだといえるでしょう。
音楽教室のアラカルト化
運動系のお稽古事の人気が高いといっても、楽器の演奏のレッスンという伝統的なお稽古事ジャンルも健在です。ただし、一望するのが難しいほど多種多様なオファーが揃っている現代のお稽古事業界では、どんなお稽古事も安泰とはいえません。楽器の演奏を教授する音楽教室も例外でなく、むしろ、ほかのお稽古事に比べ、今日、苦戦を強いられいるジャンルとすらいえるかもしれません。
というのもまず、ほかのお稽古事に比べ経済的な負担の大きいためです。運動系のお稽古事が大勢で一緒に受講できる場合が多いのに対し、音楽系はプライベートや少人数のレッスンが多く、授業料の相場は高くなります。公式に認可された音楽教室は自治体や州からの助成を受けることができるため、親が負担する月謝は(自治体により若干違いがありますが平均すると)ほぼ半額ですみますが、それでも団体のスポーツ系のお稽古事に比べ割高です。
また、当然のことながら楽器は地道な練習をしないと上達しませんが、デジタル機器で簡単に音楽を演奏・操作できることが可能な今日、地道な練習や忍耐力が必要な楽器の演奏が、どこまで、今の子どもたちを惹きつけられるかは不明です。このため、楽器の演奏というお稽古事は、今日、ほかのお稽古事に比べ相対的に、経済的にも精神的にもハードルが高いお稽古事であるといえます 。
このような状況下、音楽教室側の方も生徒離れが進まないよう、色々な工夫をしています。まず、習える楽器の種類が大幅に増えました。例えば、ヴィンタートゥア市にある創業25周年のプライベートの音楽教室「プロヴァ」で教えている楽器数は、いわゆるヨーロッパのクラシック音楽の楽器にとどまらず、アフリカ、南米、オーストラリアなど世界各地の民族楽器にまで及んでおり、40種類以上にのぼります。
また、レッスンを受けるだけでは単調になりがちな音楽の楽しみ方を広げるように、様々な企画もされています。例えば、ヴィンタートゥア市とその周辺で6000人の生徒(青少年のみ)に音楽授業を提供しているNPO組織「青少年音楽学校」では、自分の楽器の演奏力を磨いたり経験を積むのに直接役立たせるためのコンクールや検定試験はもちろん、ほかの楽器を演奏する生徒との大小様々な合同演奏会やワークショップ、合宿なども毎年開催しています。経済的な負担を最小限にとどめて多角的に音楽を学べるよう、優秀な生徒に対してはさらに、ほかの音楽教室生徒との合同演奏会や追加レッスン、音楽理論の授業なども無料で提供しています。
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管楽器を学ぶ生徒のワークショップの風景

決まった時間と場所で習うだけでなく、楽器の種類や演奏の形や機会のオプションも増やし選択できるようにする、言わば音楽教室のアラカルト化は、子どもにも親にも好評のようです。かつて圧倒的多数派だったピアノやギター、リコーダーを習う生徒がいなくなったわけではないものの、相対的に人数が減り、別の楽器、ファゴットや、アルプホルン、ブルースハープ(ハーモニカ)など多種多様のマイナーな楽器を演奏する子どもたちが増えています。長期休暇中の音楽教室の合宿は、働く親にとっての子どもの預け先としても貴重です。楽器を体験できるイベントや街角での演奏会は、生徒にとってよい経験となるだけでなく、音楽教室にとっても多様な楽器を習う子供達の姿を披露でき、自分たちの教室をPRする機会にもなります。総じて、音楽教室の生徒数の変動は少なく、子どもたちの間で、今も手堅い人気の高いお稽古事であり続けています。
おわりに
家でテレビやデジタルゲーム漬けになりがちな子どもたち、一方それを見かねて、子どもに何か別のことをさせたい思う親たち。そんな親の心理を汲み、子どもたちもうまく取り込んでお稽古事業界が繁盛している、というのがスイスの状況のようです。スイスの放課後はこれからも、お稽古事に通う子どもたちやそれを送迎する親たちが、街のあちこちを忙しく行き交う光景が途絶える気配はなさそうです。
<参考文献・サイト>
——子どもの運動不足と肥満について
Irene Berres, Übergewicht Europa, deine dicken Kinder, Spiegel.de, 9.2.2017.
Families can’t tackle obesity alone, iFamily, Feb. 8, 2017.
Für arme Kinder kommt es besonders dick, 20 Minute, 16.9.2011.
«Ärmere Eltern haben häufiger dicke Kinder», 20 Minuten, 26. Juni 2015.
——サーカスの授業について
FSEC/VSZS/FSSC
«myStory» - In der Zirkusschule (1/5) , SRF, 07.09.2013.
——音楽教室について
die jugendmusikschule Wintertur und Umbegebung, Musikschu-Post. Informationen, Berichte und Hinweise für usnere SchülerInnen und Eltern, 01/2017.
Musikschule Prova(2017年4月15日閲覧)
Sandro Portmann, Die Blütezeit der Musikschulen ist vorbei, Zentralplus.ch, 03.02.2015,
Musikschulen, Zahlen und Fakten(2017年4月15日閲覧)
Verband Musikschule Schweiz(2017年4月15日閲覧)
Ursula Burgherr, Die musikalischen Einsteiger werden immer jünger, az Aargauer Zeitung, 8.8.2016.
Karen Schärer, Dank Sozialrabatt in die Musikschule?, az Aargauer Zeitung, 28.8.2012.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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