保守政党と環境政党がさぐる新たなヨーロッパ・モデル 〜オーストリアの新政権に注目するヨーロッパの現状と心理
2020-01-25
EUのグリーン・ディール政策を追い越す新たな一手
昨年12月に新委員長フォンデアライエンのもとで発足した欧州委員会は(欧州委員会は、欧州連合(EU)の執行機関)、2050年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにすることを柱とした環境・経済・金融政策「欧州グリーン・ディール」を発表し、年明けの今月中旬には、石炭など化石燃料に依存する国々の再生可能エネルギーへの転換などを支援するための投資として、今後10年で1兆ユーロ(約122兆円)を投じる計画を発表しました。
発表直後、1兆ユーロという額の大きさと、本当にそんなに大金が集められるのかといった素朴な疑問がとりわけメディアをさわがせましたが、EUが環境対策に真剣に取り込もうとしている、という意気込みも、よく伝わってきました。
一方、今年の元旦に、EUよりもさらに10年はやい2040年にカーボンニュートラルとなることを、国家の目標としてかかげ、注目された国がありました。中欧の小国オーストリアです。オーストリアでは、その日、国民党と緑の党が最終的に連立政権樹立に合意したことが発表されたのですが、そこで明らかになった詳細の政策内容には、自動車税を増税する一方、国内公共交通すべてが格安で利用できる年間定期券制度や、一律12ユーロの航空券税の導入、国の電力の2030年までに100%グリーン電力化など、画期的な環境政策が盛り込まれていました。
ただしこの新政権がヨーロッパで脚光を浴びた理由は、単にラディカルな環境政策だけではなく、もっと広い文脈からであったようです。今回の記事では、オーストリアの隣国ドイツとスイスの主要メディアで、具体的にどんなことが、オーストリアの新政権で注目されたのかをみていくことで、逆に、ヨーロッパが今抱えている状況や、ヨーロッパが今後向かおうしている方向について、考えてみたいと思います。
180度方向転換した新政権
中道右派の国民党と緑の党が連立に合意したことが発表されると、「ほかのヨーロッパの国々もそうだが、とりわけベルリンでは、多くの人が本当なのかといぶかしげに自分の目をこする」(Krupa, 2020)と言われたように、主要メディアでは驚きが強かったのと同時に、ポジティブな評価が目立ちました。
もともとドイツの保守系あるいは一般大衆向けの新聞では、これまでも、保守的な姿勢を一貫して示してきたオーストリアの国民党とその党首クルツSebatian Kurz首相に好意的な報道をしてきたため、今回の新政権についても肯定的に報道されたことは、特に驚くには当らないかもそれません。しかし、良質のメディアとして知られる中道・リベラル系の各紙も、昨年までのオーストリア政権への批判的なコメントとはうってかわって、好意的な論調の記事でうめつくされていました(一斉に現れた肯定的な論調に、記者やメディア自身が驚く場面すらありました Servus 2020, Deutschland 2020)。
例えばドイツの『ディ・ツァイト Die Zeit』の時評をみてみると、「すばらしいポイントは、よりによってオーストリアの若い保守派のセバスティアン・クルツが、ドイツではまったくできないであろうことを、成し遂げたことである。それは黒緑の連立政権だ(ドイツ語圏ではそれぞれの政党がそれぞれ自分たちの政党を色でたとえる伝統があり、黒はドイツでは保守政党、緑は環境政党を意味します)」(Krupa, 2020)とあります。
「よりによって」という表現からわかるように、国政レベルの保守政党と緑の党の連立がはじめて達成されたことだけではなく(ドイツでは、国政レベルで保守政党と環境政党の連立はまだなく、スイスでは政府に緑の党議員が選出されたことはまだありません)、それが、オーストリアという国で起きたことが、ここでは、驚きとされ、同時に評価されています。
というのも、オーストリではすでに30年以上も前から極右政党が台頭していた国であり、近年ヨーロッパで勢力拡大が危惧されている極右政党の動きと合わせてみれば、いわば「政治的アヴァンギャルド」(Krupa, 2020)の国であるためです。前政権も、クルツの国民党と極右政党である自由党の連立政権でした。しかし昨年5月、自由党党首で副首相であった政治家の汚職疑惑が発覚し、連立が突然崩壊し、クルツ自身も首相辞任に追い込まれたため、9月末に前倒しで総選挙(国民議会定数183)が行われました。
総選挙の結果、クルツの国民党は、前回(2017年)比で6.1ポイント増の得票率37.5%を獲得し、第1党の座の維持に成功しましたが、連立パートナー選びは、それまで連立を組んでいた自由党や第二党の社民党との連立が事実上、困難であったため、当初、難航が予想されました(それまで連立を組んでいた自由党は、9.8%減の16.2%と大きく後退し、スキャンダルまみれの腐敗のイメージが強かったため、再び連立するのは、賢明とはいえず、第二党の社会民主党との連立も、方針の隔たりを理由に、両党ともに、当初から論外という立場を示していました。ちなみに、社会民主党は、5.6ポイント減の21.2%で過去最低の得票率でした)。
結局、国民党は、これまで対立関係にあった第4党の緑の党(得票率13.8%)との数ヶ月に及ぶ長い交渉を行い、300ページ以上の詳細にわたる具体的な政策がとりまとめられ、ようやく年明けに、連立が決定する運びとなりました。
ちなみにオーストリアの緑の党がはじめて与党入りしただけでなく、今回の政権では、ほかにも史上はじめてのことがいくつかおこりました。17人の閣僚の8人が女性と、オーストリアではじめて女性閣僚数が男性数をうわまわり、ボスニア=ヘルツェゴビナ生まれで10歳の時に難民としてオーストリアに移住したという経歴の法務大臣ツァディックAlma Zadicは、はじめての、オーストリア生まれでない大臣となりました。
緑の党が連立へ踏み切った背景
こうみていくと、国民党との連立政権を決断した緑の党が、今回の「驚くべき」展開のキーを握っているようにもみえますが、緑の党は、どんな経緯で、国民党との連立に踏み切ったのでしょう。
ドイツでは、「同盟90/緑の党」(以後、略称として「緑の党」と表記)が1998年から2005年まで連立政権に入っていましたが、その時のパートナーは社会民主党であり、ドイツからみると、保守と緑の連立というのは、未開の境地という感覚が強いのかもしれませんが、少なくとも、オーストリアの地方では、2003年から、保守(国民党)と緑の連立政権が成立して以来、地方議会で、常連コンビとして定着してきました。もう少し正確にいうと、社民と緑の党の連立が成立したのは、過去にも現在でも、ウィーンのみであり、ほかの地方議会ではすべて、緑の党と連立したのは国民党でした。
これには、オーストリアの緑の党の性格も一役買っています。ドイツやスイスでは緑の党は典型的な若者、インテリ、都市部に支持者が圧倒的に集中する党であり、当然、政党の性格も、これら支持層の関心をとりわけ反映していますが、オーストリアでは、それほどきれいに分岐されてはおらず、「地方にいけばいくほど、西にいけばいくほど、緑の党は、市民的(中産階級的)になる」傾向があるといわれます(Löwenstein, Mit Zuckerln, 2020)。つまり、西にいけばいくほど地方では、国民党と緑の党は、実質上、真っ向から対立する政党ではなくなっているといえます。
しかし、このような地方に展開してきた国民党と緑の党の親和性がある程度、背景にあったとはいえ、最初に入る政権が、国民党との連立というのは、緑の党にとっても、ひとつの賭けであり、勇気のいる決断でした。政権入りの決議のために開催された今年はじめの臨時党大会でも、緑の党党首コグラーWerner Koglerも、たしかに「これから数年の間、反対勢力でいるのは、らくなことだっただろう」し、「多くの人が想像するように、このように決断するのは決して簡単ではなかった」(Ruep, 2020)と率直に認めています。
実際、若い党員から、国民党と合意した連立政権契約書(Koalitionsvertrag、契約といっても拘束力はなく、連立政権の覚書に近いもの)がネオリベラルな政府プログラムにすぎず、環境保護の促進を国民党はブレーキをかけるに違いない(Österreich, 2020)という、厳しい批判を受けました。しかし最終的に、党内の反対者はごく一部にとどまり、党会議に参加した代表者の93.2%という圧倒的多数の賛成票を得、連立政権案が決定しました。
どうして、緑の党が踏み切ることができたのか。それは、逆に、緑の党が引き受けなければ、再び極右政党の自由党と政権に返り咲く可能性が高く、環境政策も停滞する、という(緑の党にとって)最悪のシナリオをなんとしても避けたいという意向が強かったからでした。ウィーンの副市長で、党内でも左寄りとされるウィーンの緑の党を率いるヘバインBrigit Hebeinも、これは危険でもあるが「信じれないほど大きなチャンスでもある。これによって、わたしたちは、この国の社会政治の言説を再びポジティブに転じることができるかもしれないからだ」 (Österreich, 2020)と、党の決断を支持しています。
ドイツの緑の党の共同党首のひとりハベックRobert Habeckも、このような党の決断に対して、「保守的な国民党を右翼ポピュリストのたまる角から」「再び民主主義の中央につれもどし、オーストリアに新しい形のオプションを与えることを、みずからの責任と課したオーストリアの緑の党は尊敬に値する」(Herholz, 2020)と、オーストリアの同志にエールを送っています。
画期的な環境政策と引き換えとして見送られた移民政策
一方、新政権に入った緑の党は、ラディカルな環境政策を推進するのと引き換えに、移民・難民政策で、国民党に大幅に譲歩することになりました。14歳までの少女のブルカ着用の禁止や、治安対策と称した難民や移住管理の強化などの、国民党の要望は、昨年までの批判する立場から一転し、容認することになりました。
緑の党の若者の一部では、このような緑の党の譲歩に強い不満がでましたが、この連立政権契約書にもとづいて連立政権に入ることが党大会で承認されているため、保守党と連立していくためには、難民問題で折れるのはやむをえない、と多くの党員は考えているのでしょう。ただし、もし今後、再び難民危機のような事態が勃発し、緊急に新たな対応が政府に迫られることになれば、意見が紛糾して連立はすぐさま崩れ去ることになるかもしれません。
このような緑の党の環境政策を優先する方針は、緑の党支持者たちの間ではどのように、とらえられているでしょうか。緑の党は、2017年の選挙で議席獲得に必要な4%の得票率を確保できず国会を離れていましたが、2019年には10.0ポイント増の躍進を果たしました。これは、なにより昨年の環境デモなどを中心にした国内で環境への関心の高まりが(「ドイツの若者は今世界をどのように見、どんな行動をしているのか 〜ユーチューブのビデオとその波紋から考える」)、躍進の大きな追い風になったためとされます。つまり、今回躍進した緑の党の支持者層のコアの関心は移民政策ではなくむしろ環境政策であると推察され、環境政策が推進されれば、緑の党の支持層は大きく減ることがないだろうという見方が、いまのところ有力です。
主要なメディアの報道と論点
さて、このようなオーストリアの新政権の方向転換は隣国のドイツやスイスでは、どのように映ったのでしょう。具体的に、主要な中道・リベラル系の紙面の内容を抜粋して紹介します。
『南ドイツ新聞 Süddetusche Zeitung』の時評では、今後、イデオロギーの溝を深める戦いでなく、避けがたい妥協を政治の中心に押し出すことが不可欠であるのであり、「環境温暖化から移民まで大きな問題は、すべてあるいは少なくともできるだけ多くの人が協働することが必要であり、異なる世代と異なる政治勢力が集まることでようやく解決策はようやくみつけられる。このため、保守と緑の政権は時代に完璧に適合している」(Münch, 2020)とします。そして「もしもこれ(オーストリアの連立政権 筆者註)がうまくいったなら、多くの人が勝利者になるだろう」し、「国民党と緑の党の同盟は、オーストリアを変えることができるだろうし、その上、例えばドイツのような、ほかの国のモデルケースにもなる」(Münch, 2020)と書いています。
『ディ・ツァイト』の時評では、多くのヨーロッパの国で、長い間つづいた保守と社民の二大政党の時代が終わりとなり、中道派が縮まり、これまででは予想がつかない事態になっているが、そんななか、世代や社会環境の違いが反映された支持者層をもつオーストリアの国民党と緑の党の連立政権は、「反対のものを結びつけ、新しい中道をつくりだすという」こころみだと評価します。そして、政党による支持者層の分裂はオーストリアだけの例外でなく、今日の西側諸国によくみられるため、このようなオーストリアのこころみが「もしもうまくいけば、ウィーンの黒緑(国民党と緑の党の連立政権 筆者註)は、まぎれもなくモデルとなるだろう」といいます。また、「そうなれば、両極(極右と極左 筆者註)は、自分たちの所属するところにとどまる。それは、ほかにほとんど害を及ぼさないところ、つまり周縁(はじ)だ」(Krupa, 2020)とし、両極のラディカルな政治勢力を抑制する効果にもなることを期待しています。
ドイツの中道右派として知られる高級紙『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(Frankfurter Allgemeine Zeitung 略名FAZ)』でも、このような政府が成立できれば、「ヨーロッパでは例がなく、近隣諸国にとって今後の見本として観察される可能性がある」(Löwenstein, Das Klima, 2020)とされています。
スイスの名高い日刊紙『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング (Neue Zürcher Zeitung、略名 NZZ) 』でも、「ウィーンの新しい連立政権は、国境をこえるひとつのイノベーティブな実験」であり「危険をともなったヨーロッパの未来モデル」だという時評を、連立政権が公表になった翌日に載せています(Mijnssen, 2020)。
このような高い期待は、メディアだけでなく、ドイツの一般読者の間でも観察されます。少なくとも『FAZ』の読者向けのオンラインアンケートでは、「オーストリアの保守緑の党の政府は、ドイツの見本か?」という質問に、55%がイエスと回答していました(1月10日現在の794票の投票結果。ちなみにノーが35、どちらともいえないが10%。)(Löwenstein, Das Klima, 2020)。
このようなメディアの反応は、なにを物語っているでしょう。わたしなりにまとめると、以下のようになります。
・ヨーロッパ中、中抜きの両極化傾向がみられ、これまでのような中道が中心となる政治のあり方を理想と考える人たちの間では、今度政情が不安定になる、あるいは危機的な状況である、と悲観的な見方が強かった。
・そんななか、今回のオーストリアの国民党と緑の党の連立は、(国民党は極右ではありませんが、党首は難民問題の強硬派として知られるため)中道派の両脇にあって、国民世代や社会背景が違い、分断していた人々を再びまとめていく動きにみえ、先行きがみえなかった政界において、新しい可能性を示した。
・全く異なる見解や社会背景の人々を支持者にもつ二つの政党が連立することで、環境問題のような国民の生活や国の産業全体に関わる大きな問題でも、大きな進展が期待される。
これらをみていくと、隣国の一連の記事や時評は、確かに、一方でオーストリアを観察・分析してはいるものの、その背後でとりわけ大きな関心としてあるのは、むしろオーストリアではなく、自国やあるいはヨーロッパ全体のこれからのことであり、オーストリアの政治の場を借りながら、自分たちやヨーロッパ全体のこれから進むべき道を模索している、つまり、モノローグに近いものであったといえるかもしれません。
おわりに
連立政権が始動して数日後に流れてきたニュースを聞くと、緑の党が入閣したことが実感されるのと同時に、(昨年まで極右が政界の中央に位置していた)オーストリアという国の今の現実もみえてきます。
緑の党の環境大臣が、リムジンでなく自転車で公務に出勤をはじめた同じ週に、オーストリア初のオーストリア生まれでない大臣に就任したツァディックは、これまでの閣僚とは比べものにならないほどのヘイトスピーチや脅迫を受け、早々に警察による警護対象者となったというのです。
いつかヨーロッパで、この政権の発足が、ヨーロッパの新しいモデルである「オーストリア・モデル」のはじまりだった、と言われる日が本当に来るのでしょうか。まだまだ先行き不透明な新政権の今後の行方に、ヨーロッパが熱く注目しています。
参考文献
Deutschland und das „Wiener Modell“. Vorbildwirkung?, ORF, 3. Jänner 2020, 17.26 Uhr
Krupa, Mathhias, Der zweite Frühling. Kommentar In: Zeit Online, 2. Januar 2020
Löwenstein, Stephan, Das Klima und die Grenzen schützen. In: FAZ, Aktualisiert am 02.01.2020-06:24
Löwenstein, Stephan, Mit Zuckerln und Grauslichkeiten. In: FAZ, Aktualisiert am 04.01.2020
Österreich: Grüne stimmen für Koalition mit ÖVP. In: Süddeutsche Zeitung, 4. Januar 2020, 17:44 Uhr
Servus Grüezi Hallo / 8. Januar 2020 14:31 Uhr: In Wien wagen sie mal was. Podcast, Zeit Online.
Shell Jugendstudie. Jugend 2019. Eine Generation meldet sich zu Wort, 2019.
Zadic will nicht klein beigeben, ORF, 11. Jänner 2020, 13.22 Uhr
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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