ヨーロッパで最初にロックダウン解除にいどむオーストリア 〜ヨーロッパのコロナ危機と社会の変化(4)
2020-04-10
ロックダウンのあと
現在、世界中の先進国の多くが、おおむねロックダウンかそれに近い拘束の多い状態になっていますが、3月中旬からロックダウンを実施中のヨーロッパでは、ようやく4月はじめから感染者数の増加率がフラットになりつつあり、まだ感染拡大のピークはまだ過ぎていないと警戒されつつも、ロックダウン解除のタイミングとそのやり方についての議論が、次第に、本格的・あるいは少なくとも活気を帯びてきました。
新型コロナウィルス感染拡大はもちろんいまだ大きな懸案事項ですが、仕事が禁止あるいはいちじるしく制限されている多くの人にとって、仕事をいつから再開できるかは、同様に切実で深刻な問題です。今回は、ロックダウン解除の最初の段取りを、ヨーロッパの諸国のなかで、先駆けて公表したオーストリアの最新事情についてお伝えします。そこでは、具体的にどのような形で、通常の就労や生活にもどろうとしているのか。また、オーストリアが、ほかの国に先駆けて緩和政策をすすめる背景として、なにがそれを後押ししているのか、といった点は、ロックダウン解除を模索するほかの国でも参考にできる点があるのではないかと思います。
オーストリアのロックダウン緩和プラン
オーストリアでは、フランスやスペインと同様に、イタリアからは1週遅れの3月16日から移動や就労の厳しい制限措置を導入していましたが、4月6日現在、新規感染者数は1日当たり(以前の)1千人超から200人台にまで減少し、感染者の増加ペースは1日当たり1.6%に鈍化しました。入院患者数も横ばいとなっています(累計の感染者は1万2206人、死者は220人)。
これをうけて、オーストリア政府は4月6日、今後も医療崩壊も起こさずに入院数を一定以下に抑えられると判断し、14日から規制を段階的に緩和していく方針を発表しました。この方針の概要は以下のようなものです。
●営業について
4月14日から、店舗面積400平方メートル以下の小規模店舗の(これまで「社会システム維持に必要不可欠」と認識されていない店舗は影響を認められていなかった)すべての店舗や、ホームセンター、園芸店の営業再開を認める。5月1日からは、さらにこれ以外のすべての店舗、ショッピングセンター、理髪店の営業再開も認める。
ホテルやレストラン等のその他の業種については5月中旬から再開を許可する見込み。
催しはすべて6月末まで禁止。映画館、劇場、公共プール施設、スポーツ施設、フィットネスクラブなども当面禁止。
夏の間の規制措置については4月末の段階で決定する予定。
営業が許可された場合も、以下の条件を満たさなくてはいけない。
―20平方メートルにつき1人の入店しか認めず、店内の顧客数を制限する。
―店内ではマスクを着用し、マスクがない場合は、タオルやスカーフなどで鼻と口を覆う(政府は今月6日以降、店舗面積が400平方メートルを超えるスーパーや薬局で買い物する客にマスクの着用を義務付けています)
―職場においてのマスクの着用を義務づけるかは雇用者が決定する。
●学校
高等教育以外の学校は5月中旬まで閉校。大学は今学期中は閉鎖。大学入学資格取得試験及び職業訓練修了試験は感染予防措置を講じた上で実施。
●外出について
現在の不要不急の外出をさける規制は、4月末まで維持される(非常時や買い物、仕事にいく時は、一人あるいは、同居している人とでかけることができる。その際、ほかの人からは少なくとも1メートル距離をとる)。
ただし、(これまでの六人以上の集会の禁止はなくなり)、屋外での活動において、間隔を1メートルあけるというルールさえ守れば、制限されない。4月14日以降、国の管理下にある公共緑地「連邦庭園」も入場可能とする。
自分の別荘にいくことも認められる(これまで遠方への移動は難しかったが)。ただし公共交通機関では、店舗同様に、マスクの着用を新たに義務付ける。
●イースター休暇
(この発表があった時点で)間近に迫っている13日までのイースター休暇の過ごし方は、今後の状況を左右する可能性があり、決定的に重要である。今年は伝統的なイースターの過ごし方をあきらめ、同居人以外と集まることを、国民に強く求める。
国民との信頼のパイプ
このようなオーストリアの動向に、ドイツやスイスなどヨーロッパ各国は大きく注目していますが、まだ同じような具体的な方針を国民に提示するにはいたっていません。経済界やそれを重視する立場の人たちは、オーストリアの新たな政策を勇気ある決断、模範的とたたえ、自国にも同じような動きに映るようそれなりのプレッシャーをかけたり、自分たちの国でそのような議論が盛り上がらないことに苛立っているようですが、政治家たちは、国民の健康を最優先にする立場から、そのような思い切った策にはいたっていません。
政府にとって、コロナ危機下の健康問題を、ほかの経済問題や学校問題と合わせて考え、それぞれへのさじ加減を大胆にきめて、見切り発車で進めていくというのは、それ自体非常に難しいことですし、まして、具体的な日程まで提示した、プランを国民に提示するのは、さらに、政治上のリスクを抱えることになるでしょう。短期的な日程プランを明示することは、一方で、国民に希望を抱かせ、なんとかがんばろうという機運がもりあげ、それに基づきプランを成功に導く可能性があります。他方、日程どおり規制緩和が実現できなくなり、プランが不安定に二転三転することになれば、国民を失望させたりいらだたせ、政府への不満や不信を逆にためることになりかねません。政権にとって、諸刃のつるぎであり、後者の危険が気になれば気になる程、大胆な施策を思い切ってとりにくくなるのでしょう。
にもかかわらず、オーストリアで、このような大胆な新たな一歩に、ほかのヨーロッパの国に先んじて、踏み出すことができたのはなぜでしょう。オーストリアでは最近、感染拡大がある程度抑えられてきたという実感があり、それに乗じた経済界や国民からの圧力もちろん決定的に大きな要因であるといえますが、同様なことは、ほかの厳しい対策をしているヨーロッパの国々でも起こっており、オーストリアだけで起きたことを説明するのに十分な根拠とはいえません。
この点について説得的な解釈はいまのところありませんが、わたしの推察では、オーストリアの国民と政府の現在の関係が、とりわけ重要な鍵を握り、政策決定の背中を押していると思われます。以下、推論の域をでませんが、説明してみます。
オーストリアは、今年はじめから右と左がタックルしたヨーロッパのニューモデルと期待される連立政権が発足しました(「保守政党と環境政党がさぐる新たなヨーロッパ・モデル 〜オーストリアの新政権に注目するヨーロッパの現状と心理」)。つまり現政権の発足からまもなく、戦後最大とよばれる、危機管理能力が問われる事態に突入したことになります。
しかし、新しい与党の危機管理能力は、これまで、かなり国民に評価されているようです。今年3月中旬に行われた28カ国を対象にした調査によると、「政府がコロナウィルス対策をよくやっている」と回答した人が、オーストリアでは88%と、調査をした国のなかで最も多くなっていました(Gallup, 2020, p.2)。
危機があると現政権が野党に比して支持率が高くなるというのは一般的に認められる傾向ですが、ほかのヨーロッパ諸国(フランス52、ドイツ48、オランダ79、スイス62%)に比べ、政権を評価した人の割合がオーストリアではかなり多く、国民が、現政権の危機管理能力に非常に満足し、信頼していることがうかがわれます(ちなみに日本は23%で、28カ国中の下から2番目)。クルツ首相の現政権支持率も、昨年までの自由党との連立政権期の支持率よりも高くなっています。
(ここでは、なぜ信頼が高まっているのかを細かく検証することはせず、)この調査結果に表れている政府への高い評価という部分に注目します。そして、このような高い評価・信頼こそが、政権にとって、政策の推進力、屋台骨になっているのではないかと思います。
つまり、政権は、その国民からの信頼をいかし、国民にさらなる期待とアピールをし、国民に目指す方向に向かわせ、国民を全面的に動員させることで、次の段階に進めていく、という野心的なプランです。逆に言えば、これは、国民からの信頼と切り離せない政策で、国民がついてきてくれるという自信がなければ、とても踏み切れない政策ともいえます。政府にとっては、国運をかけた相当大きな賭けともいえるかもしれません。国民からの信頼を担保に、一歩踏み込んだ大きな賭けです。
失敗しても政権のせいではない?
ところで、政権の今回のプランをよくみると、国民総勢の協力を期待するだけでなく、国民に言い訳を許さない、厳しいものであるようにもみえます。
政府のプランを、簡単にまとめると、こうなります。国民がちゃんと、これまでのように政府が推奨する行動規範を、今後も遵守すれば、規制緩和が順調に進み、営業の自由や行動の自由はますますひろがっていく。一方、国民が行動規範を十分に守らず、(その結果)再び感染拡大の危険が大きくなれば、「非常ブレーキをひいて」(クルツ首相の言)ただちに、プランを修正しなくてはならない。つまり、政府のこのようなプランが本当に実現できるか、できないかは、あなたたち国民次第だ。
これは、少しいじわるな見方をすれば、政府が、国民とのプレーをフェアーにしておらず、ずるをしているようにもみえます。このプランが予定どおりにならなかったら、それは政府の推奨するようにしなかった国民の問題であって、政府の落度ではない、といっているわけですから。プランが失敗しても、政府は失敗しない、あとだしじゃんけんのような感じもします。
政策的にみれば、(営業規制をゆるめるといった魅力的な提案を提示することで)国民の気をひきつけ、しかし、やわらかい言い方とは裏腹に、しっかり条件をつけて締め付ける、というやり方は、たくみな政治的常套手段として有名な「アメとムチ」といえるかもしれません。
しかし、オーストリア国民の反応は、少なくとも主要メディアを通してみる限り、このよう政府の条件つきの提案に不条理だと逆上したり、強く批判しているようにはみえません。ヨーロッパでまだ前例がないことで一抹の不安はのこるものの、国内の足並みをみだすよりは、緩和が実現できるよう全面協力するほうが得策なのでは。そんな風に思っている人が多いのかもしれません。もしも、国民の大半が、このように政府のプランに乗る気になってくれたら、あとはしめたもの。政府のプランどおり、順調に、ロックダウン解除がすすむ可能性が高まっていくのかもしれません。
信頼を勝ち取った政治家たち
アメとムチなどというと、悪徳政治家であるかのような誤解を招きかねないので、汚名返上のため、少し補足しておきます。結論から先に述べると、(第三国スイスからこれまで観察してきた筆者の理解の限りにおいて)オーストリア現政権は、コロナ危機以降、国民に寄り添った政治をこれまで行ってきて、それが高い政権支持という果実になったのだと思います。国民に寄り添う、という表現を使ったのは、政府が、前例のない柔軟なやりかたで、国民に繰り返しなにかを要請したり理解を求めるだけでなく、不満や不安な国民の声に配慮したり、はげまし、それを解消しようという努力する姿勢が、政治家たちの日々の政治やメッセージで全面的に感じられたためです。
端的にそれを象徴しているのは、保健相のアンショーバーRudolf Anschoberです。アンショーバーは、日々変わるコロナ危機に関わる状況や政策をわかりやすく説明する「連帯(のための)省。面会時間」という番組を毎日、ユーチューブ、インスタグラム、フェイスブックなどでライブ配信(約半時間)するようになりました。大臣の番組といっても堅苦しさはなく、もともと教師であったためか説明も簡易でわかりやすく、常に受け付けている人々からの質問にも、質問した人には、苗字でなくファーストネームのほうで紹介するような、ざっくばらんとしたスタイルです。突如コロナ危機以降、政府で存在感を増すようになった、アンショーバーの存在のおかげで、国民たちと政府との心理的な距離が一気に縮んだように感じます。
クルツSebastian Kurz首相も、(以前から、とりみださない語り口で有名でしたが)、コロナ危機にあってもおだやかな表情で国民に対し丁寧に説明するのにたけており、またオーストリア大統領のファン・デア・ベレンAlexander Van der Bellenも、その求心力で、政治への信頼を国民から勝ち取るのに、大きく貢献しているようにみえます。
ロックダウン直後、国民にむけた6分足らずの大統領の演説もそれを強く感じさせる内容でした(Van der Bellen, 2020)。演説の半分ものの時間をさいて大統領が行なったのは、国民、それぞれのセクターで働く、あるいは働かないことで感染を拡大する役割を担ってもらわなくてはいけない人々に対する、感謝の言葉をささげることでした。この演説を聞いた頃、誰もが、なんでこんな目にあうのかと誰にも向けられない腹立たしさや不安を強いられていたと思います。そんな時、団結せよ、自粛せよ、と命令調に言葉をあびせるのでなく、ユーモアで人々の気持ちをやわらげ、激務で働く人たちに感謝の言葉をかけ、はげますことに徹したスピーチは、行き場のない人々の不安や怒りを緩和し、協調する気持ちをもたせるのに、かなり役だったのではないかと思います。
ちなみに、政治家と国民の間をつなぐ重要なパイプであるオーストリア公共放送も、前代未聞の非常体制でのぞみました。外出禁止になっているオーストリア人たちに、良質な情報を十分届けることを最優先するため、ニュース作成に関わるスタッフ30人が3月下旬から4月はじめまでの2週間、(スタッフに新型コロナウィルス感染者がでないようにするため)自宅に一切もどらず、放送局に住み込んで仕事をしていました。
おわりに
まもなく、オーストリアでは最初の緩和政策として小規模経営の店舗の営業がスタートします。先行きどうなるかはまだわかりません。まだ時期尚早なのでは危惧する声は、いまだ国内外に少なからずあり、その危惧する声をきいていれば、このような大胆な一歩をだす勇気は、うちから萎えてしまいそうです。しかし、このような時だからこそ、オーストリアでもしも、この緩和策が順調にすすみ最初の希望の光がともれば、その光は、とりわけまぶしくヨーロッパ全体を照らすことになるのではないかと思います。少なくとも、ロックダウン下のスイスにいる、今のわたしにはそう思えます。
参考文献
在オーストリア(ウィーン)日本国大使館「新型コロナウイルス関連情報(4月6日現在)」、2020年4月6日
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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