スイスの女性の社会進出のネック、新潮流、これから 〜スイスというローカルな文脈からの考察

スイスの女性の社会進出のネック、新潮流、これから 〜スイスというローカルな文脈からの考察

2018-11-12

前回の記事で、スイスの大手企業で導入が決まったクオータ制(役職の一定割合を女性に割り当てる制度)について、様々な異なる意見をみながら、クオータ制がもつ特徴を、長所だけでなく問題点や課題なども含め整理してみました(公平な女性の社会進出のルールづくりとは 〜スイスの国会を二分したクオーター制の是非をめぐる議論)。

今回は、このようなクオータ制が取り入れられる新たな時代において、スイスで実際に女性の就労がどのように、変化・発展できる可能性があるかについて、現実の今のスイス社会に即しながら少し考えてみたいと思います。

現在の女性の就労状況

まず、クオータ制の導入が決まったとはいえ、現在のスイスの社会を改めて見渡すと、女性の社会進出の実現化を阻む現実の事情が逆に照り返されて目立ってみえてくる気がします。特に女性で子どもをもつと、安心してキャリアの道を選ぶこともそれが順調に進むことが格段難しくなります。主要な問題点をあげてみましょう。

―育児支援が少ない
まずぶつかる壁が、育児支援制度や手当の貧弱さです。法的な育児休業期間は14週間のみで、母親にしか認められていません。このため、母親が早く仕事に復帰しようとすると、こどもの預け保育費用の高さが新たな大きな壁になります。低所得世帯以外は、子ども一人を保育所にあずけると1日あたり60〜150フラン(約6800〜1万7000円)かかります(子育て、2017年)。

この結果、スイスでフルタイムで働き子どもを保育施設に預けるとすると、保育料は親の平均収入の67%と世界一の高さとなり(フルタイムで2歳児を預けた場合)、児童手当や税金控除などの経済的支援を差し引いたあとの最終的な親の保育料負担額は平均所得の約3割を占めます(Jaberg, 2015)。

幼稚園から中学までの義務教育期間の公立学校での就学は無料ですが、全日制ではなく、給食もありません。終日働く親は学童保育等の、保育や給食サービスを任意で申し込むことができますが、こちらにも公的支援が手薄なため、こちらも低所得者以外の世帯にはかなり重い負担となります。

―圧倒的に女性の就労はパート形態が多い
このような状況下、スイスの女性の間で定着しているのが、パートタイムという就業の仕方です。現在、6歳以下のこどもがいる母親の82.7%がパートタイム就業しており、ヨーロッパ内でオランダに続く、パート大国です(Blumer, 2018)(ちなみにスイスでは、パートタイムは正規雇用の一つの形態として定着しています。「スイス人の就労最前線 〜パートタイム勤務の人気と社会への影響」)。

育児を両立させた就労に経済的な負担が大きく、パートタイムが多い今のスイスの現状では、女性の社会進出全般の土台自体が脆弱であり、クオータ制が目指すようなエリートキャリアコースを歩む人を増やしたいのであれば、まずはその土台の強化が大きな課題であるといえます。

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新しい動き

他方、新しい動きもでてきています。例えば、小さい子をもつ女性の間で、ここ10年で大きな変化がみられます。未就学児(幼稚園入園以前のこどもたち)の預け方の変化です。

10年前にも未就学児をあずける習慣はありましたが、その主要な理由は、子どもが幼稚園に入園する前に集団生活になれるため、あるいは移民のこどもたちが言語的な能力をつけるためであり、長時間あずけるのではなく、週に1、2回のみで午前中約3時間程度あずけるというのが、保育園よりも圧倒的に多い形態でした。しかしこの10年の間に、このような形態の預け保育をしている施設の需要が減っており、人数が集まらず閉鎖するところも増えています。代わりに需要も預かる子どもの人数も増えているのが、1日預けられるいわゆる保育施設です。

これは、自分の就労の時間や回数、あるいは融通性を優先し、預け先を選ぶ人が増えていることを示しています(ただし保育施設でも週五日すべてあずける人は未だに少数派です。これには上記のような経済的な理由もありますが、幼少の子どもを五日間保育施設にあずけることを好まない思考が親を含めて社会全体に根強くあることも大きいようです)。

今年9月には、幼児を育てる母親の就業に対する常識が、現代において大きく変わったことが明示される、裁判の判決もでました。これまでは、離婚後に子どもを中心に育てる親(主に母親)は、最年少の子どもが10歳になるまで養育を理由にして働かなくてもよく(その分、こどもの生活費および養育費を、子どもを主に養育しない親側が負担するという形で)、子どもが10歳になっても50%の就業まで、子どもが16歳になってはじめて、100%働くことを(養育費を負担する側の親が)法的に要求できるという暗黙のルールが存在していました。

これに対し、今回の判決では、子どもを中心に育てる親に対して、最年少のこどもが幼稚園に入園したら50%、中学に入学したら80%以上働くことを要求できるという見解がはじめて示されました。これは、現代の常識的な母親の(家にいるのが普通ととらえる)役割理解や就業の在り方を考慮し、時代遅れになった暗黙のルールを現代に適応させたものと評され、離婚後に子どもの養育費のことで争う親の新しいガイドラインになると考えられています。

数年前から一部の州では、全日制の公立学校制度を試験的に導入するところもでてきました。まだ本格的に全日制を導入することが決まった州はありませんが、試験的に導入している地域では親・教員・生徒の3者においておおむね好評であるため、今後潜在的な共稼ぎが多い都市部を中心に、徐々に制度として定着していく可能性があります。義務教育期間の学校が全日制になれば、就学児をもつ母親にとっては、丸一日の就労が経済的にも時間的にもしやすくなり、仕事の量や内容、職場で選択肢が広がるはずです(スイスの学校制度の概要については「学校のしくみから考えるスイスの社会とスイス人の考え方」をご参照ください)。

このような変化の上に、さらにガラスの天井を取り除く、さらなるいくつかの支援が加われば、女性の社会進出は飛躍的にすすむかもしれません。少なくとも、スイス企業の女性活躍推進などのダイバーシティに詳しいシリングGuido Schillingは、今年の報告書のまとめとして、トップの管理職の数値にはまだでてこないが、そこに向かっている次の中間管理職の女性の割合は確実に増えてきており、5年から10年先には、トップマネージャーたちが男女がかなり入り混じる可能性が高いと見込んでいます(schillingreport 2018)。

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スイスという文脈にあった女性の社会進出の方向性とは

スイスでも次第に女性の社会進出が進む兆しが見えたところで、次に、スイスでの女性の働き方において、スイスの社会になじみやすい、「スイス的な」就労の仕方というものがあるのか。あるとすればそれはどういうものであるかということを、少し考えてみたいとおもいます。

結論から先に言うと、スイスの女性の間で広く普及しているパートタイムという就労形態が、スイスらしい女性の社会進出の重要なポテンシャルになるのではないかと考えます(ここでいう、パートタイムという就労形態は、時間給で不規則に働くもの全般を指すのではなく、スイスで一般的な正規雇用の一形態として、一週間分の労働時間(スイスの労働時間は2017年現在平均約41時間)の一部に相当する仕事時間数分を就業するものを意味することとします。このようなパートタイム就労は、規則的な就労として、産休や病気の時も賃金支払いの継続も認められ、年間最低4週間の休暇も法律で保障されています)。

パートタイムの就労は、受領できる年金額が少ないことや、パートタイムでは昇進競争で男性と競争できる能力や経験がつめない、などの理由で問題視されたり、批判にさらされることも少なくありません。それでも、パートタイムが新たなキャリアの形にもなるとでは、と強く意識されたのは、パートタイム勤務のスイスの小学校や中学校の女性の校長がいるのを知ったためです。教育現場の最高位にあって責任の重い校長職を、二人の校長がシェアしたり、民間会社の経営に平行して校長業務をこなすケースを目の当たりにし、当初は驚きましたが、それがスイス社会で成り立っていることにさらに驚きました。責任の重い仕事であるからこそ共同責任者がいることが逆によい場合もあるといえるかもしれません。

パートタイムに任せる業種や職種範囲が非常に広いスイス社会全体に視界をずらして眺めてみると、教育業界だけでなく、パートタイムという働き方に、これまでのようなフルタイムキャリアだけでなく、パートタイムも新たなキャリアのルートとなり、女性の社会進出や昇進の道が開かれるのかもしれないという気がしてきます。

もちろん、フルタイムのキャリアに比べると、就労の時間的な制約があるパートタイムにはデメリットもありますが、パートタイムならではの利点もあると思われます。小さい子どもをもつ母親など仕事だけでなく子育てにもかなりの時間をさきたいと考える女性の心の葛藤も少なくてすみますし、パートタイムという形で女性進出が拡大したり、昇進しやすくなるとすれば、これまでのスイスでつちかわれてきた女性の就労や生活文化から大きく乖離した形態とならないため、まわりの理解や協力的な体制をつくりやすく、社会での緊張や対立も最小限にとどまると予想されます。結果論として、女性の有望なキャリアコースのひとつとして定着すれば、女性の社会進出の幅や可能性が広がるということになるでしょう。

とくに、社会全体が長寿化するこれからの時代においては、自分の生活やライフステージにあわせて健康で長く働くということが、これまで以上に重要なファクターになってくることが考えられ、そうなると、柔軟で長く働けるパートタイムという就労の需要も一層高まってくることが考えられます。ライフステージにあわせて、コンビネーションやパーセンテージを選択して働けるパートタイムという就労の形、そしてそこでのキャリアアップの可能性が広く普及すれば、女性だけでなく、さまざまな事情でフルタイムで常に働くことができない人々の就労を強く後押しできるかもしれません。

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おわりに

二回にわたって議論してきたことを簡単にまとめてみましょう。スイスの社会全体をみると、全般に少しずつではありますが、女性の社会進出がしやすい状況が整ってきているようです。女性自身の意識も少しずつ確実に変わってきています。ただし、見方によれば、その変化は遅々としすぎているということであり、今回、クオータ制が導入される運びとなりました。

これまでも、たびたび将来の就労に関する問題を扱ってきました。バーチャル移民やデジタルノマドなどの、新たな就労の形(「途上国からの「バーチャル移民」と「サービス」を輸出する先進国 〜リモート・インテリジェンスがもたらす新たな地平」)や、それらの柔軟な働き方を認めつつ健康被害を防ぐために必要な法制度の整備についての議論(「フレキシブル化と労働時間規制の間で 〜スイスの労働法改正をめぐる議論からみえるもの」)、また就労に関係なく最低限の生活費用を社会の成員すべてに保障する、ベーシックインカム構想もありました(ベーシックインカム 〜ヨーロッパ最大のドラッグストア創業者が構想する未来)。

これらの動きを総合して考えると、クオータ制度が目指すような雇用対象の人材のダイバーシティ(多様性)の推進にとどまらず、働く人々の働き方のダイバーシティ(多様性)もまた進めていけるかが、これからの就労問題の鍵になるといえそうです。

参考文献・サイト

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Zaslawski, Valerie, Nationalrat stimmt für Frauenquote. In: nzz.ch, 14.6.2018, 11:56 Uhr

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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