デラックスなキッチンにエコな食べ物 〜ドイツの最新の食文化事情と社会の深層心理

デラックスなキッチンにエコな食べ物 〜ドイツの最新の食文化事情と社会の深層心理

2017-04-15

ドイツでは、 コールドディッシュと呼ばれるパンにチーズやハムをのせて食べるような簡単な食事で朝と夜は済ませ、温かい(つまり調理した)食事は昼にとるだけというのが伝統的で、今日でもよくみられます。食事を調理する回数が少ないだけでなく、じゃがいも料理やウィンナー以外のドイツ料理は他国であまり知られておらず、ドイツと聞くと、イタリアやフランスなど世界的に有名な食文化をもつ近隣諸国に比べて、食文化に関心が薄いというイメージが強くあります。しかし近年、食事や料理への関心がドイツで顕著に高まっているようです。
具体的にどんな変化がおきているのでしょうか。今回は、前半、家庭のキッチン事情の変化と有機農業食品の人気についてみてゆき、後半は、最近のドイツの食文化・スタイルの変化についての専門家の分析や解釈を紹介します。一見、日本と非常に異なる食文化・慣習をもち、ライフスタイルやメンタリティーの違いも大きいドイツの現在の状況をみることで、現代の食文化全体に共通する流れや志向も同時に浮き上がってくるかもしれません。
ドイツのキッチンの最新事情
ドイツの食文化への高まりとして、まず注目されるのは、調理する場所であるキッチンの変化です。キッチンの購入価格が高額化し、キッチンの広さや配置されるものも変化してきました。
ドイツで購入されるキッチンは、95%以上がドイツ製で、ビルトインキッチン(日本のシステムキッチンに相当するもの)と呼ばれるものが一般的です。このようなキッチンは昔から高価なものではありましたが、ここ数年、顕著にデラックスになっており、キッチンの購入額は、平均で6440ユーロ( 平均8000ユーロという指摘もあります)で、5年前に比べ1000ユーロ以上高くなっています。
キッチンへの支出が大幅に増えた理由として、オープンキッチンの人気が高まったことがあげられます。オープンキッチンとは、従来ドイツでは区切られていることが多かったダイニングとキッチンが(場合によってはリビングルームまで)一体となった開放的なつくりのキッチンの総称です。今日、キッチンを新しく購入するドイツ人の3人に2人が、オープンキッチンを選択しており、オープンなキッチンスペースは家族がともに過ごすだけでなく、客人も迎えいれる、家庭で最も重要な場所となってきました。
このため、キッチンの外見へのこだわりが増し、スタイリッシュなものや高級感のあるものが選ばれるようになってきました。キッチンの広さもこれまでの平均的な広さ(8−10㎡)の約2倍の15−20㎡が一般的となり、広くなったキッチンには、冷蔵庫やオーブンなどの馴染み深い調理機器だけでなく、スチーム調理機、コーヒーメーカー、食器保温機器など新しい調理機器も続々入ってきています。
キッチンは、デラックスになっただけでなく、高身長化する人々に対応し、機能的にも進化しています。 調理台の高さもこれまでの 85cmから5cm高い、90cmのものが多くになり、オーブンの位置も腰を折らずに出し入れできるように高い位置に設置され、これまで頭上にあった換気扇も、奥の加熱調理器(コンロ)で調理している鍋の中身を見やすくするために、傾斜をつけて設置されることが増えました。現在では、新規購入者の3分の1が傾斜付き換気扇を選択しています。
ドイツではこのようなデラックス化したビルトインキッチンの購入件数が、年間で120万件にのぼります。快適なキッチンを求めて高額な支出を厭わない現象は、調理や料理に対する価値や関心が社会に広がっていることの確かな証拠といえるでしょう。
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「傾斜付き換気扇 Kopffreihaube 」で検索してでてくる画像

有機農業食品の人気
調理を充実させるキッチンだけでなく、食材自体への関心の変化もみられます。特に、有機農業食品の消費が近年顕著に増えています。2000年から2015年までの間に、ドイツでは、有機農業食品の売り上げが29億ユーロから86億ユーロに増加し、2016年においても前年比で1割増加の94億8千ユーロの売り上げとなりました。有機農業食品市場は、今後も拡張を続けると専門家はみています。
1970年代は自然食品や有機農業商品を扱うといえば、小規模の小売業者だけでしたが、今日は、幅広く大手食品小売業者が扱うようになっており、置いていない店を探すほうが難しいほどです。特に最近、有機農業食品の品揃えに力をいれているのは、数年前までは全く無縁と思われたディスカウントショップの大手です。例えば、ディスカウントショップのひとつレヴェRewe では、2000以上の有機農業由来の商品を取り扱っています。
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ディスカウントショップで売られる有機農業商品

現在、有機農業食品の売上の6割は、スーパーやディスカウントショップといった大手総合食品小売業者によるもので、有機農業食品専門店全体の売り上げの2倍の額になっています。大手スーパーやディスカウントショップでも流通するようになったことで、持続可能な農業に対する大規模な支援につながり、消費者にとっても商品が入手しやすくなっただけでなく、これまで以上に安価で有機農業食品を購買することが可能になりました。一方、業界の構造変換が進み、新たな問題にもつながっています。
例えば、大手商品小売業者が市場を主導するようになって、他の商品同様に、有機農業食品の大量生産化が進み、価格競争が激しくなりました。このため、これまで有機農業食品を専門的に販売してきた小規模の小売業者はのきなみ閉鎖においやられるか、大手の傘下に入るようになりました。すでにドイツ中にある有機農業商品販売店2560軒の4分の1が、大手 チェーン店の傘下に入っています。
また、現在ドイツでは毎日、5軒の農家が有機農業に転換しているといわれ、有機農業家の数は全農家の1割を占めるまでになりましたが、急激に需要が高まっている多様な有機農業食品への需要に国内農家だけでは未だ対応しきれないのが現状です。 同時に、有機農業食品を生産する農家が海外でも増えてきたため、本来、地域の持続可能な農業を優先していた有機農業商品業界においても、海外からの輸入商品が増えました。
このように、有機農業食品市場の急激な拡大の結果、連鎖的に新たな変化が引き起こっていますが、確かなことは、有機農業食品が、もはや一部の環境や健康に特別に意識が高い人だけのものではなく、より一般的で身近なものになったことでしょう。
食事のトレンドからみえてくること
ところで、キッチンのデラックス化や有機農業人気といった昨今のドイツのトレンドは、一見、食という分野に限定された話のように思われますが、トレンドや食品にまつわる研究者たちは、別の角度からも注目しています。そして、現代ドイツの食文化は社会的な評価やプライバシーの深いところまで関わり、社会に緊張や困惑をもたらす傾向が強まってきているといいます。一体どういうことなのでしょう。「カルトとしての食事?」という挑発的なタイトルのラジオ番組での議論を始め、関連するテーマを近年様々な角度から報道しているドイツ国営放送局NRDの放送番組を中心にしながら、これらの研究者の指摘している点を、わたしの理解や解釈を補足しながらまとめてみます。
そもそも、高品質の食材の購入やそれを自宅のキッチンで調理するに、なぜ、ドイツ人はこだわるようになったのでしょうか。単なるグルメ志向や、異国の料理への好奇心といった世界全般にみられる潮流に加え、ドイツでは特に、環境や動物への配慮や、家事の男女平等化による男性の調理機会が増えたこと、また健康志向といった要素が、行動規範として重要視されるようになったことが大きいと考えられます。
食文化に新しい倫理的な観点から高い価値が置かれるようになったことで、一方で食文化関連の需要が拡大し、他方で、購買や消費することが、ステイタスシンボルや、流行のライフスタイルの一部にもなってきました。キッチンの豪華化や、有機農業食品の購買も、そのような流れで捉えられ、かつて車であったステイタスシンボルが今日、キッチンにすり替わったにすぎない、と指摘する声も聞かれます。実際、キッチンは豪華になっているのに、外で働く女性の割合が増えているため、家庭で調理する頻度は低くなっています。調理自体も、日々に不可欠な家事という意味合いから、休暇にとりくむ特別なイベントやレジャーという感覚に移っているのかもしれません。
食の信仰化と混乱
ここまでの話は、まだ、自分の好みのライフスタイルを体現することや、知人や社会への顕示欲を満足させるという、まだ個人的な満足度に関するレベルの話ですが、食にまつわる行動が、さらにもっと深く、人の本質的な面を映し出す鏡のように捉えられるようにすらなってきている、とも専門家たちは指摘します。何を食べるかが個人的な趣向という問題に終わらず、服装や宗教同様に、我々が何者であるかを定義する重要なアイディンティティーやコードの一部になったということのようです。端的にいうと、現代は、「何を食べているかいってごらん。あなたが何者だか、わたしが言ってあげる」(Jetter, 2016) という表現がぴったり当てはまるような状況です。
食文化が社会での規範やコード化が進むのに並行し、それぞれの志向の人たちはグループ化し、宗教信奉者の場合と類似したグループの性格を帯びるようになります。例えば、 菜食主義者やヴィーガン(最近のヴィーガン・ブームについては「肉なしソーセージ 〜ヴィーガン向け食品とヨーロッパの菜食ブーム」をご覧ください)、有機農業・酪農製品志向者など、一定の食生活を信奉・志向する人々の一部では、バーチャルなネットワークが築かれ、コミュニティーが形成されています。キリスト教という宗教色が歴史上これまでないほど薄れており、伝統的な家族的な結束も薄れているヨーロッパの現代社会において、食に対する主義や志向が、かつての宗教の代替物として、人々に帰属する場所を提供するようになっているようです。
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大手スーパーの入り口に貼られているヴィーガンと菜食主義者を歓迎する趣旨のポスター

他方、お互いの絆が深められ、自身の信じるものへの確信が強まるのに比例して、違う信念の食生活者に対して敵対的な態度が増幅される傾向も観察されます。レッテルをはる時の言葉こそ、「地獄」ではなく「ガンになる」と今日変わりはしましたが(Kofahl, 2016)、自分たちの信奉するものにそぐわない人たちに批判的な思考回路があることもまた、宗教に類似しています。
また、食事が単に、楽しいおいしいという話ではなく、なにを食べればいいのかという「正しい」食事の取り方が、まじめな議論になるような状況下で、社会全体に危惧やフラストレーションが増えているといいます。過剰な情報や対立する専門家の意見に耳を傾けることにより困惑するだけでなく、学問的な通説がある日を境に否定されることによって生活が大きく翻弄されたり、自分が理想とする食生活がなんらかの理由で行使できないことにより不満や危惧を募らせる人が多くなったといいます。
おわりに
まとめてみると、ドイツでは、ドイツ人の気質や伝統的な食文化の風習、そして現代の環境意識や倫理など様々な要素がからまりあって、様々な意見が飛び交い、議論は錯綜し、食に対する (物理的にもモラル的にも)飽くなき追求が続いているという状況のようです。
しかし、食べることはなによりまず、楽しくうれしいことであるはずで、これからもずっとそうあってほしいものです。そんな気持ちを込めて、素敵なキッチンで自分が選んだ食材を目の前にしているドイツ人たちには、議論や心配はとりあえず脇において、なにはともあれ、次の言葉をかけたくなります。「グーテンアペティートゥ(おいしく召し上がれますように)!」
<参考文献>
——キッチンの購入について
Kochen als Statussymbol Die Küche ist das neue Auto, 6.4.2014.
Maris Hubschmid Küchen glänzen und Schlafzimmer werden individueller, GfK, Press release, Retail|Home and Living|Germany|German, 16.01.2015
Carsten Dierig, Die Küche ist des Deutschen neuer Porsche, Welt.de, Lifestyle, 26.01.2015.
Houzz Küchenstudie 2016: Das sind die Trends in der Küchengestaltung, 22. Januar 2016.
Modern und materialstark: Diese und weitere Trends zur Küchenplanung zeichnen sich in unserer Küchenstudie 2017 ab, 17.1.2017.
Georg Fahrion, Küchenpsychologie, Capital, 15.12.2016.
Houzz Küchenstudie 2016: Das sind die Trends in der Küchengestaltung, 22.1.2016.
Houzz Küchenstudie 2017: Das sind die deutschen Küchentrends, 17.1.2017.
——有機農業食品について
BIO GEGEN BIO, Einzelhandel, Wirtschaftswoche, 13.1.2017.
Deutsche wollen “Bio”, 3sat, 28.4.2016.
Video: Was taugt das “Billig-Bio”?, ARD, 5.10.2016.(Verfügbar bis 05.10.2017)
Deutschland: Bio-Umsätze steigen stark, Bauer Zeitung Online. Schweiz-International, 13.02.2017.
黒川美樹「ビオ(Bio)ブーム」『ドイツニュースダイジェスト』(2017年4月3日閲覧)
——ドイツ国営放送NDR で扱われた食事の摂取についての昨今のトレンドや議論について
45 Min, Glaubensfrage Ernährung, NDR, 23.1.2017.
Redezeit: Essen als Kult , NDR Radio, 19.10.2016.
(1時間半の議論番組。出演する3人の専門家名Peter Wippermann、Prof. Dr. Ines Heindl、Dr. Thomas Ellrott )
Essen als Kult? Die NDR Debatte, NDR, 10.10.2016
Daniel Kofahl, Ich bin, was ich esse: Nahrung als Statussymbol, NDR, 10.10.2016 (Dieses Thema im Programm: Kulturjournal | 10.10.2016 | 22:45 Uhr)
“Foodies”: Wenn Essen zum Lifestyle wird, NDR, 26.10.2016.
Elise Landschek, Lebensmittel: Biobranche boomt, NDR, 14.10.2016 11:05 Uhr
Essen als Kult: “Eine notwendige Debatte”, NDR, 11.10.2016 16:23 Uhr - Lesezeit: ca.6 Min.
Katharina Jetter, Vegan leben: Der halbe Supermarkt ist tabu, NDR, 11.10.2016
Mayke Walhorn, Früher gesund, heute unverträglich, NDR, 10.10.2016 15:29.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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