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たかがあいさつ、されどあいさつ 〜スイスのあいさつ習慣からみえる社会、人間関係、そして時代

今回は、スイスのあいさつの仕方について注目します。たかがあいさつ、と思われるかもしれませんが、スイスはほかのヨーロッパの国々と比べてもあいさつに手間や時間をかけて丁寧にする習慣があり、後述するように数年前には、 中学での生徒のあいさつ問題が、国の法務大臣が批判するほどの「事件」に発展したこともあるほど、社会のなかでいまも大切な役割を担っていると思われるためです。

最初にスイスのあいさつの仕方や種類について、私自身の失敗談も含めて一通りご紹介してみます。次に、そのようなあいさつが社会や人間にどのような影響を与え、時代の潮流とどう関わっているのかについて考えてみたいと思います(今回の記事は、わたしの住むドイツ語圏での経験を中心にまとめたため、スイスでもフランス語圏やイタリア語圏では習慣が若干異なっているかもしれません。あらかじめご了承ください)。

「参考文献・リンク」に、ウィンブルドン優勝直後にスイス人のフェデラー選手が様々な間柄の人とあいさつをしてる短いビデオのリンク先を載せました。文章と合わせてご参照していただくと、一目瞭然でわかりやすいかと思います。

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あいさつの種類と仕方

・知人、友人に会ったとき


あまり親しくない「知り合い」程度の間柄の人に会った場合は、あいさつの言葉をかけたり、握手するだけですが、親しい人であれば、左右の頰をお互い寄せる動作を2回か3回繰り返す「頰キス」と呼ばれるあいさつをよくします。女性どうし、あるいは男女の親しい間柄で、だいたい15歳くらいからこのようなあいさつを交わすようになります。

スイスでは中学卒業と同時に社会に出て職業訓練をはじめる人が多く(スイスの職業訓練制度 〜職業教育への世界的な関心と期待)、この年齢頃から伝統的に大人のように扱われることが多くなるため、頬キスは、大人どうしのあいさつとみなしてもいいかもしれません。ただし大人の男どうしは例外で、ほとんど頬キスはしません。あいさつ相手がこどもの場合も、この「大人のあいさつ」は採用されず、握手だけになります。


・他人にもあいさつ


見知らぬ人に道ですれ違う時にも、人通りが多い都会の街角や混み合った店内など匿名性が高いところ以外では、基本的にあいさつを交わします。「こんにちはGrüzi」が最も一般的ですが、時間帯によっては、「おはよう」、「こんばんは」などにもなります。相手の目を見ながらするのが礼儀で、自分があいさつをされたら、相手にも応答するのが大切なマナーです。


・別れる時


道ですれ違うだけでの場合はあいさつだけですが、スーパーのレジで物を購入する時などなんらかのやりとりのあったあとは、別れ際に「さようなら」や「ありがとう」だけでなく、「よい一日を」と相手を思いやる(大げさに言えば祝福する)一言をつけ加えることも好まれます。(時間帯や日によっては、「よい夕べを」「よい週末を」「よいクリスマス休暇を」などの表現も使われます)。言われたほうは、ほかのあいさつの時と同じで、必ずそれにお礼や返事を返しますので、混み合うレジに勤めている人は、毎日、相当の数の買物客たと、「よい一日を」と言い合っている構図になります。

日本でも小売業界でも、顧客に丁寧なあいさつをするのが一般的ですが、従業員がするのはサービスとして当たり前でも、された顧客が返事をするかは自由という感が強いように思います。一方、スイスではサービス部門の仕事かどうかなに関係なく、あいさつは基本的に対等にするものであり、従業員だけでなく、声をかけられたら顧客も積極的にあいさつを交わすのが一般的です。

ちなみに出会った時に頰を寄せ合ってあいさつをした場合、別れる時も同じあいさつを繰り返します。


・大勢の人が集う場合


知り合いの多いパーティーや会議などで、数十人の人が会する際も、一括して会衆にあいさつするのではなく、できる限り一人ずつに丁寧にあいさつをしていきます。その場合、上記のように、相手との親しさの度合いによって、異なるあいさつの仕方をしていきます。

このため、例えば会議に来場した人が、すぐに空いた席に着席せずに、すでに着席している人たちのところを一巡してあいさつを交わしてから着席する姿や、会議終了後に出席者が一斉に、それぞれ別れのあいさつをしようと動きまわって、会場のあちこちで「あいさつ」渋滞が起こる光景もよくみられます。(ちなみに、スイス人は非常に時間に正確ですので、原則として会議に遅刻することは、あいさつ以前の深刻なマナー違反になります「スイス人と鉄道 〜国際競争力としての時間に正確な習慣」)


・乾杯の時


乾杯の時もスイスでは丁寧なあいさつの習慣があります。ドイツやオーストリアでは、グラスを手にして「乾杯!」の一言を言ってグラスをそれぞれのグラスにあてていくだけですが、スイスではグラスをあてるだけでなく、相手の目をみて「乾杯、クラウス」、「乾杯、アネッテ」といった風に、グラスを傾けている相手の名前も呼びかけます。


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あいさつの難易度と効用
さて、このように、スイスでは一歩家の外へ出ると、人里離れた辺境ででもない限り、あいさつする機会が結構多いのですが、「おじぎ」という動作だけで体に触れるような行為はおろか、相手の目を見ることもなくあいさつをすることが礼法になっている日本で、しかも知らない人に道であってもあいさつなど全くしない東京育ちの、さらに天性で不器用な人間であるわたしにとっては、スイスのあいさつは当初、かなり難易度が高いものでした。

恥をしのんで失敗をいくつかご紹介しますと、親しくなってきて頰を寄せるあいさつをする仲に発展したはずだったのに、頬の代わりに握手するための手を出してしまったり、逆に、あまりよく知らない人なのに、よく考えないでいきなり頰をだして先方がひるんでいたり。また、頰の寄せ方が下手なのか、あいさつ中、かけているメガネがはずれそうになることもたびたびです。そうかと思うと、あいさつすること自体をすっかり忘れてしまうこともあります。特に日本にしらばく滞在したあとにスイスにもどるとしばらく日本での習慣が抜けておらず、通りすがりの人を無視して通過してしまい、相手にあいさつされて、あわてて思い出して返答するといったことがありました。

乾杯のあいさつとなると、これはもう、あいさつの仕方がどうというレベルの話ではなく、初見の人の名前をきちんと覚えられるかという記憶力の試練であり、今でもきまって窮地に陥ります。

このように、スイスでそつなく日々あいさつすることは、かなり難易度が高いように(少なくともわたしには)思えるのですが、しかし逆に言うと、日本人が自宅に招いた客が玄関で脱いだ靴をきちんと揃えて家にあがるのを見た時に抱く気持ちと同じように、スイス人も、出会った人が、スイス風のあいさつをきちんとすると、安堵感や爽快感を抱くのではないかと思います。


信頼関係の礎となるあいさつ
失敗は多いものの、スイスであいさつを繰り返すうちに、あいさつがもつ優れたいくつかの効果も実感するようになりました。

まず、信頼や安心感の強化です。あいさつする時、スイスでは必ず相手の目を見つめますが、目をみてあいさつし、それであいさつを返してもらうというとささやかな交流だけで、お互いに対して最低限の敬意を示しあい、尊重しあう心理的な基盤ができるように感じます。

このため、例えば、面識がない強面の人やティーンエイジャーの若者など、どういう興味がある、どんな人なのか、お互いに全くわからない関係である場合も、一見とっつきにくそうに感じられたとしても、たった一言でも、あいさつを交わすことができると、自然にその人たちへの信頼感や親近感が強まります。

とくに、スイスはとくに世界中から移住した人が集まっており、街行く人がどこから来たどんな人たちなのかほとんどわからない多国籍が常態化した社会ですが、そんな中、 スイス風のあいさつをお互いに交わすことは、顔や服装に関係なく、スイスに住みつき、スイスの習慣を尊重する住人どうしという、唯一の絆を、お互いに確認できるような気がします。言って見れば、お互いを認め合うための、大切な合言葉のようなものといった感じです。

また、目をみてあいさつした相手は、記憶しようと努力しなくても、ただ通りすがる人よりも自然と記憶に残りやすくなるので、地域社会において、ゆるい形で地域住民のつながりも作りだしているように思います。また、あいさつを通して行き交う人々に最低の関心をもつことによって、外部から不審な侵入者が入ってきた時に目立ちやすくなるという防犯抑制効果や、徘徊老人や迷子などを街中で発見しやすくなる効果もありそうです。

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コミュニケーションの円滑油
また、あいさつ行為によって最低限の信頼関係を確保したあとは、その先につづくコミュニケーションも格段しやすくなるという効果もあります。

ある空間に二人の人がいて、お互いに相手の存在を意識して目をみてお互いにあいさつを交わした後と、お互いに相手の存在に気づいていてもあいさつを交わしていない場合を仮定してみてください。その後、その二人の間に、コミュニケーションが必要となった場合、どちらのほうが、対話がしやすいでしょうか。前者であるのは一目瞭然かと思います。もちろん、出会う人と片っ端から発展的なコミュニケーションをする理由も必要性もありませんが、なにが理由ができて、その後コミュニケーションが必要になることがあります。

スイスの老人ホームを訪れる際、その効果が顕著にわかります。ホームのあちこちに座っていたり、散歩をしている高齢の居住者にあいさつをして、あいさつが返ってくると、そのあと会話が断然しやすくなります。つまり、あいさつは、必要な時に話しをするきっかけや、話しやすい雰囲気を整えてくれる、コミュニケーションの円滑油といえるかもしれません。

視線をスイスから世界に広げてみると、もっとわかりやすくみえてくる気がします。世界中どんな社会において、ほとんど例外なくあいさつという習慣があるのは、あいさつが、人々の間の良好な関係を維持するのに、役にたってきたからではないかと思われます。


あいさつを欠くことは国家の問題にもなりうる
このような信頼や親しみを表現してスイス人の重要な習慣の一部として機能している毎日のあいさつですが、最近(2016年)メディアで大きく話題になったことがありました。

スイスのある公立中学で14 歳と15歳の二人の男子生徒(兄弟)が、宗教(イスラム教)を理由に、先生と握手をしなかった時です。スイスの学校では、幼稚園から中学までの義務教育期間一貫して、別れる際、教師が生徒一人一人と握手をします。これは、厳格で一貫したルールがほとんどないスイスの学校で、広く普及している数少ない礼法だといえます。この中学の出来事は、法務大臣シモネッタ・ソマルガ氏が「握手の拒絶は受け入れられない」と非難のコメントを出すほど国全体に注目され、大きく報道されました。

最終的に、州は、授業終了後の教師との握手によるあいさつは就学生徒の義務であり、それを拒絶すれば最高5000スイスフランの罰金を科すという判断を下し、一応決着しましたが、手が触れ合うかいなかという教室の片隅で起きた出来事が、主要なニュース番組で報道され、国民を巻き込んで議論されたことは、なにを物語っているといえるでしょうか。あいさつがスイスにおいて大事な礼法であり、逆に、あいさつを拒むことは、法務大臣が出てくるほどスイス人の顔をつぶすことになりかねないということなのだと思います。


「Me too 」ムーブメントとあいさつ
昨年からはアメリカから起こった「Me too 」ムーブメントの影響で、どのような体の接触の度合いがあいさつのあり方として妥当なのか、という素朴な疑問も、スイスの人々の間で浮上してきています(Helg, 2017)。

具体的に深刻な問題になっているわけではなく、従来のあいさつの在り方を短絡的に批判するという風潮もありませんが、「Me too 」ムーブメントの立場を考慮すると、これまであまりに当然で誰も疑わなかった不文律のスイスのあいさつの仕方について、それのなにがどこまで当然で正しいといえるのか、誰も明確に断言できなくなった(少なくとも現時点では)という状況にあるようです。文化や社会背景、また世代によって、体が接触するあいさをについて意見もかなり異なると予想されますが、実際に意見が違う場合、誰の意見が優先されるべきなのかもはっきりしません。

どのようなあいさつが妥当かはっきりしない結果、生じうる問題を未然に避けて、無難に接触が少ないあいさつの仕方ですませようという傾向が今後強まるのかもしれません。今年最初のチューリヒ州議会についての新聞記事で、議員たちが握手をする人が大半で、男女の議員の間で頰を寄せるあいさつを交わす人はわずかだったと報道されています(Baumann, 2018)。こんなことがいちいち新聞に報告されるということ自体が、あいさつの仕方について、政治家自身や、また政治家をみる公の目が神経質になっている時代であることを物語っているといえます。

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あいさつが内包するパラドックス
一方、この「me too」からはじまった議論をあいさつの仕方で掘り下げようとすると(つまり、女性の意思を尊重するあいさつとはなんぞやとつきつめて考えていこうとすると)、内包するパラドックスに陥ることにもなります。もともとあいさつ全般において、これまでは、年齢の高い人や女性が優先的に、 あいさつの仕方を決め、親密さをどこまで許容するかを定めるというのが恒例でした(Stokar, S34)。このため、もともとのあいさつは、基本的に「me too」のモーブメントで問題視されているような女性の意思が無視された行為ではなく、むしろ女性を尊重したものであったといえます。

しかし、逆に、あいさつの仕方を女性が決めるべしという前提自体が、女性は弱くて優先されるべきものという理解に基づいて成立したものだと解釈すれば、公平さを求めるフェミニズムの見地からみれば、むしろ不当で打破すべきだと考えることもできます。

実際、これまでヨーロッパで長く存続していた、男性が、保護・優先すべき対象として女性を扱うという理解からできた別のマナーは試練の時を迎えています。例えば、女性のコートを着るのを手伝ったり、道やドアのところで先にゆずったりというようなものは、すでに当然視されなくなっており、それを喜ぶ女性もいれば喜ばない女性もいるため、どうしたらいいかわからない場合は率直に女性に聞くのがいい、という丸投げのアドバイスが、と近年ベストセラーになっているスイスのマナーについての本にも書かれています(Stokar, S.49)。北欧では、マナー全般における男女同権が、スイスよりさらに浸透しているようで、それらのレディーファースト的な優待行為を男性がすると、一般的にバツが悪く、女性に嫌がられるようになって久しいようです(ブース、474−479頁)。


おわりに
スイスの現在あるデラックスで丁寧なあいさつは今後どうなるのでしょう。文化を尊重するというスタンスで、今後も断固維持されいくのでしょうか。それとも、文化的あるいは男女間の摩擦やトラブルを未然に避けるため、接触を減らしたり簡略化するという方向に拍車がかけられていくのでしょうか。

もしも接触を避ける方向が今後進むとすれば、行き着く先はどこでしょう。もしも体の接触だけでなく、視線の向けられ方にもいろいろ苦情がでるようになると、体の部分だけでなくアイコンタクトも含めいっさいの不快感を生じさせる可能性のあるコンタクトを断ち、礼儀と敬意だけを相手に伝える、日本のおじぎのようなあいさつが、世界の普遍的な究極のあいさつ法になる時代が、もしかしてくるのでしょうか。

日本的なあいさつが世界標準になるなんて、現時点では冗談としか思えませんが、あいさつの仕方は、これからも時代の人々の意図や希望を汲みとり、変化していくのでしょうから、将来、思いもかけない展開がもしかしたらあるのかもしれません。


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<参考文献・リンク>
ウィンブルドンテニスのビデオ(約6分のビデオの前半部分で、色々なあいさつの仕方が観察できます)
: スイスのフェデラー選手が昨年ウィンブルドンテニスで優勝した直後に家族やイギリス皇太子夫婦、知り合いなどに対してあいさつをする様子がみられます。親密度や文化の違いで(イギリスは頰をつけるのが2回が一般的らしい)あいさつの仕方が違っています。

Baumann, Ruedi, 17'955 Umarmungen und weniger Küsse. Im Kantonsrat ging man auf Tuchfühlung. In: Tagesanzeiger, 9.1.2018.

Gerny, Daniel, Muslime werden zum Handschlag gezwungen. In: NZZ, 25.5.2016.

マイケル・ブース『限りなく完璧に近い人々』角川書店、2016年。

Helg, Martin, Der letzte Kuss. In: NZZ am Sonntag, Gesellschaft, 31.12.2017, S.12-13.

Stokar, Christoph, Der Schweizer Knige. Was gilt heute?, 4. Erweitere Auflage, Zürich 2013.




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