ヨーロッパの観光大国の行方 〜スペインの場合

ヨーロッパの観光大国の行方 〜スペインの場合

2020-10-10

これからの時代の観光と観光地を考える

3回の連載記事最後の今回は、視座をぐっとズームアウトし、国というマクロの視座で、観光大国スペインについて考えてみます(これまでの記事は「「新しい日常」下のヨーロッパの観光業界 〜明暗がはっきり分かれたスイスの夏」「過疎化がもたらした地域再生のチャンス 〜「再自然化」との両立を目指すルーマニアのエコツーリズム」)。

今年の夏季休暇シーズンはじめのころにまとめた、レポートの結語で、わたしは、こう書きました(「コロナ危機を転機に観光が変わる? 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(2)」)。

「これまでのやり方に全面ストップがかかってしまった観光業界にとって、立ち止まって、改めて、地域や個人のそれぞれの資源や能力を点検し、これからにいかせるもの、持続可能なものを吟味しながら、ウィズ・コロナの時期やその後の時代の戦略を長期的に構想していく、よい機会となるかもしれません」

こう言い放っていたわたし自身が、最終回となる今回では、スペインを例にして、じゃあ、観光や観光地が具体的にどう変わることができるのか、可能性があるのか、ということを、少し掘り下げてさぐってみたいと思います。

スペインの今

スペインの近況についてまずおさえておきます。スペインは、コロナウィルスの感染者が多く、ヨーロッパでは、イタリアとならび、おおくの犠牲者や経済的な打撃を受けました。しかしその後到来したバカンスシーズンでも、再び、コロナウィルスに悩まされました。

ヨーロッパでもとりわけ観光に依拠する経済構造をもつスペインにとって(昨年まで年間スペインをおとずれる観光客数は8000万人で、2018年のGDP全体で観光関連産業が占める割合は14.6%)、この夏シェンゲン協定内のヨーロッパの国との国境が再び開かれたことで、観光客を呼び込み、コロナ危機の打撃をなんとか緩和したいと考えていました(「ドイツ人の今夏の休暇予定が気になる観光業界 〜ヨーロッパのコロナ危機と観光(1)」)。

しかし、全国的なロックダウンが解除されたあとも、7月上旬には北西部ガリシア州と北東部カタルーニャ州の一部地域で再びロックダウンとなるなど、感染拡大の危険がなかなかコントロールできない状況が続き、8月には、とうとう1日の感染確認者数が3000人と、4月と同様のレベルになってしまいました。

これを受けて、ヨーロッパの国々は、8月中旬からは、スペインを感染危険の高い国に指定する措置にでました。これによって、スペインに観光客は行くことはできるものの、スペインから帰国したのち、自国で10日から14日間の自宅隔離をすることが義務とされました。この決定は、大きな足かせとなり、スペインへの人の足が大幅に遠のくことになりました。

観光客の足が遠のいても、観光以外の産業が強い国であれば、ダメージを負った観光業の救済に、ある程度、まわることもできるでしょう。しかし、スペインの状況は残念ながらその限りではありません。ベーシックインカム(最低所得保障であるベーシックインカムについては「ベーシックインカム 〜ヨーロッパ最大のドラッグストア創業者が構想する未来」。ただし今回のスペインの場合は、低収入の生活困窮者のみに限定したもの)を導入するなど、左派の政府は、人々の救済政策を講じていますが、主力産業である観光が稼働できない限り、人々の強い不安は、なくなりそうにありません。

観光への依存が問題?

しかし、今回は、現在の深刻なスペインの状況についてとうとうと述べるのではなく、もっぱら未来に目を向け、なにを変えていくべきか、何が変えられるのかについて考えてみます。

しばらく、観光業界の低調が余儀なくなると想定される現在、スペインに残された道はなんでしょうか。

手っ取り早く、簡単に考えると、ほかの産業を育て、観光そのものへの依存度を低くすることでしょう。観光に依存度が低くなれば、もしも、(数年前から深刻な問題とされていた)オーバーツーリズムの危険が再び到来した場合も、思い切った規制を実施することが、選択肢としてできます。逆に、ほかに産業がなければ、オーバーツーリズムになっても観光業の拡大にブレーキをかけることは、難しくなるでしょう。

しかし、言うは易し、行うは難し、と言われてしまうとそれまでで、実際、スペインの人もそれが、わかっていれば苦労しない、といいたいところでしょう。

なので、質問の矛先をここで、若干、変えて考えてみます。そもそも、なぜ観光にこれほど依存が強い社会になってしまったのでしょう。ほかに主要な産業があれば、観光だけに頼る必然はないはずだから、ほかにあまり主要な産業がなかったということなのでしょうか。

卵と鶏、どちらが先だったかの議論のようではっきり理由はわかりませんが、明確なのは、観光業界以外に仕事があまりないという事実です。ヨーロッパの諸国で常に、最も高い失業率で、2020年6月のデータでは、15.6%にものぼります。これは、EU全体の平均(7。1%)の2倍以上です。特に若者の失業が深刻で、二人に一人は失業しており、仕事のある人もよりよい就労条件を求めて、ヨーロッパ諸国に移住する人が多い国でもあります。


EUで失業率の比較
最も高いのはスペイン(15.6%)で、EU全体の平均(7。1%)の2倍以上になっている(2020年6月の状況)
出典: https://de.statista.com/statistik/daten/studie/160142/umfrage/arbeitslosenquote-in-den-eu-laendern/


学歴が就職に直結していない

だからといって、決して、国民の教育程度が全般に低いというわけではありません。2018年の、25歳から34歳のスペイン人の大学卒業者は、44%で、ほかのOECD諸国やEU諸国と同様にかなり高い割合になっています(OECD, 2019)つまり、スペインの大学卒業者の割合は低くなく、むしろ高いくらいです。他方、スペインの大学卒業生の失業率は、これまでも15%で全体の失業率と変わらないか、若干、高いほどです。

つまり、高学歴の人が比較的多いにも関わらず、就業につながっていないという現状です。

高学歴でも就職ができない。このジレンマについて、スペイン通のドイツ語圏の人たちが、理由としてあげるものは、一致してます。

それは、スペインの職業教育制度が不十分であるというものです。実業を学べる場所や職業教育制度が充実し、かつ比較的高い価値が置かれているドイツ語圏に比べると、スペインでは、若年層の教育課程で職業教育が軽視される傾向が強く、体系的な商業教育制度も整っていないといいます(ドイツ語圏でもとりわけ職業教育制度が充実しているスイスの職業教育体系については「スイスの職業教育(1) 〜中卒ではじまり大学に続く一貫した職業教育体系」)。

実学より理論を学ぶ傾向は、教育全般にみられ、高等教育で実学を学んで社会にでる人の割合も、ドイツ語圏に比べ少なくなっています。これらのことが折り重なりあい、高学歴は必ずしも就業率を高めることに直接つながっておらず、特に、若い人で、高い失業率になっている。そう、少なくとも、ドイツ語圏では、解釈されるのが定番です。

そして、このような意見にそってでてくる結論は、同じです。観光に依拠しない経済構造にするためには、教育制度を根幹から変えていかなくてはらない、ということになります。

観光にプラスアルファーをそえてつなぐ道

このような主張に対し、真っ向から異論を唱える人は少ないかもしれません。確かに、中卒からの職業訓練課程にはじまり職業教育の体系がしっかりしているドイツ語圏の国々は、ほかのヨーロッパの国々に比べて失業率が大幅に低くなっていますし、堅実なビジョンであるのは確かでしょう。

他方、個人的には、なんとなくすっきりしません。少なくとも、現在の危機的なスペインの状況を考えると、教育改革という長期的な目標だけでなく、即効性に富む取り組みが絶対不可欠に思われます。それは一体どんなことでしょうか。

ここからはスペインの専門家でもなんでもないわたしの個人的な意見ですが、以下、少し考えたことを述べてみます。

結論から先に言うと、スペインという国の資源(モノやコトや人を含む)を最大限にいかした、実現しやすい取り組み・ビジョンが、今こそ、とりわけ重要であるように思われます。

スペインがこれほどまでの観光大国になったということは、多くの人をひきつける、さまざまな観光資源が恵まれた国であるということでしょう。その真価を看過することはもちろん意味がありませんし、それを活用できないのも、経済立て直しに効率的とは思えません。つまり、これまで築き上げてきた観光業をもう少し活用、応用する、観光にプラスアルファーを足す形で、新しい価値やキャピタルを創造していけないでしょうか。

例えば、強い太陽光をふんだんに利用した環境負荷を減らす観光、いかにコロナ禍に強い「密」を忌避する観光地を実現するか、あるいはオーバーツーリズムの避け方など、それぞれの地域の観光にゆかりのある問題やテーマで、世界的において解決が所望されている課題について、観光地である地の利をいかして、実地調査や実験を重ねて、ノウハウを蓄積し、観光に役立つ実践技術を発展させていく。職業教育制度も充実されるなら、まずは、そのような観光関連技術やノウハウを学ぶことができる場所を重点的に充実させるべきではないでしょうか。

それらは、単に、地元の観光地にも直結して役に立つでしょうし、同時に、ほかの、観光が地域にも必要とされるモノやアイデアを生み出していけば、モノや技術の輸出にもつながるでしょう。輸出できる産業になるだけでなく、新たな観光地の在り方を示すモデルが、各地にできれば、スペインの観光の新たなブランディングにもなるかもしれません。

三つの事例から学べるもの

これまでの3回の記事から自分なりにエッセンスを抽出してみます。

効率かリスクか
これまでスイスの観光業界は(商店やレストランから宿泊施設のつくりまで)特定の客層にターゲットをしぼりこむことで、効率的に客に対処をしてきた(例えば、中国人観光客が多いホテルでは中国料理をメインにしたり、高価な奢侈品の店が軒を連ねたり)。しかしこのような体制は多様な客への柔軟性が乏しいため、リスクがあることが、コロナ禍で示された。効率とリスク、どちらをどのくらい重視するべきなのか、が改めて問われているようだ。

アンチ「観光」のツーリズム
ルーマニアの事例は、大々的なマスツーリズムでない、観光の目標点を明示していた。それは、自然と共存できる観光。過疎化地域を活性化させるための観光。そして、なにより過疎化している地域のなかに、「観光資源」としての真価をみいだす観光。ヨーロッパがこれから目指す方向は、コロナ危機の前からぶれず、持続可能な社会の構築だとすると、そのような新しい価値観(持続可能性)が、今後の観光でより大きな位置を占めるようになることが想像される。

観光は必然か。長期的な展望で、失業者対策を
惰性的にこれまでの観光を続けることができないコロナ禍の、スペインの憂鬱ははかりしれない。しかし、観光だけに依存する経済では、これまでもこれからも失業者は減らないのなら、停滞している今こそ、失うことへの恐れも少なく、なにかを変えるチャンスにもなりうるのでは。これまでの観光大国としての地の利をいかし、観光に付随した分野で、新たな技術やノウハウが発達させられないか。

観光とは、そもそも、「いつもと違う場所にでかけていって、だれかに会ったり、風景をみたり、用事をこなす」という非常に幅広い行為であっていいはずです。ルーマニアの突飛な逆転の発想を思うと、これからも観光が、人々の生活の質をあげたり、喜びをひろげる可能性、様々な人々の営みと結びついて多様な様式となる可能性は、まだまだたくさんあるようにも思われます。

いまのコロナ禍は、あとから振り返れば、今までの観光には永久に、あるいは少なくともしばらく別れを告げ、代わりに、新しい観光の形が定着していく、その過渡期にあるのかもしれません。

参考文献

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穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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