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デラックスなキッチンにエコな食べ物 〜ドイツの最新の食文化事情と社会の深層心理

2017-04-15 [EntryURL]

ドイツでは、 コールドディッシュと呼ばれるパンにチーズやハムをのせて食べるような簡単な食事で朝と夜は済ませ、温かい(つまり調理した)食事は昼にとるだけというのが伝統的で、今日でもよくみられます。食事を調理する回数が少ないだけでなく、じゃがいも料理やウィンナー以外のドイツ料理は他国であまり知られておらず、ドイツと聞くと、イタリアやフランスなど世界的に有名な食文化をもつ近隣諸国に比べて、食文化に関心が薄いというイメージが強くあります。しかし近年、食事や料理への関心がドイツで顕著に高まっているようです。
具体的にどんな変化がおきているのでしょうか。今回は、前半、家庭のキッチン事情の変化と有機農業食品の人気についてみてゆき、後半は、最近のドイツの食文化・スタイルの変化についての専門家の分析や解釈を紹介します。一見、日本と非常に異なる食文化・慣習をもち、ライフスタイルやメンタリティーの違いも大きいドイツの現在の状況をみることで、現代の食文化全体に共通する流れや志向も同時に浮き上がってくるかもしれません。
ドイツのキッチンの最新事情
ドイツの食文化への高まりとして、まず注目されるのは、調理する場所であるキッチンの変化です。キッチンの購入価格が高額化し、キッチンの広さや配置されるものも変化してきました。
ドイツで購入されるキッチンは、95%以上がドイツ製で、ビルトインキッチン(日本のシステムキッチンに相当するもの)と呼ばれるものが一般的です。このようなキッチンは昔から高価なものではありましたが、ここ数年、顕著にデラックスになっており、キッチンの購入額は、平均で6440ユーロ( 平均8000ユーロという指摘もあります)で、5年前に比べ1000ユーロ以上高くなっています。
キッチンへの支出が大幅に増えた理由として、オープンキッチンの人気が高まったことがあげられます。オープンキッチンとは、従来ドイツでは区切られていることが多かったダイニングとキッチンが(場合によってはリビングルームまで)一体となった開放的なつくりのキッチンの総称です。今日、キッチンを新しく購入するドイツ人の3人に2人が、オープンキッチンを選択しており、オープンなキッチンスペースは家族がともに過ごすだけでなく、客人も迎えいれる、家庭で最も重要な場所となってきました。
このため、キッチンの外見へのこだわりが増し、スタイリッシュなものや高級感のあるものが選ばれるようになってきました。キッチンの広さもこれまでの平均的な広さ(8−10㎡)の約2倍の15−20㎡が一般的となり、広くなったキッチンには、冷蔵庫やオーブンなどの馴染み深い調理機器だけでなく、スチーム調理機、コーヒーメーカー、食器保温機器など新しい調理機器も続々入ってきています。
キッチンは、デラックスになっただけでなく、高身長化する人々に対応し、機能的にも進化しています。 調理台の高さもこれまでの 85cmから5cm高い、90cmのものが多くになり、オーブンの位置も腰を折らずに出し入れできるように高い位置に設置され、これまで頭上にあった換気扇も、奥の加熱調理器(コンロ)で調理している鍋の中身を見やすくするために、傾斜をつけて設置されることが増えました。現在では、新規購入者の3分の1が傾斜付き換気扇を選択しています。
ドイツではこのようなデラックス化したビルトインキッチンの購入件数が、年間で120万件にのぼります。快適なキッチンを求めて高額な支出を厭わない現象は、調理や料理に対する価値や関心が社会に広がっていることの確かな証拠といえるでしょう。
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「傾斜付き換気扇 Kopffreihaube 」で検索してでてくる画像

有機農業食品の人気
調理を充実させるキッチンだけでなく、食材自体への関心の変化もみられます。特に、有機農業食品の消費が近年顕著に増えています。2000年から2015年までの間に、ドイツでは、有機農業食品の売り上げが29億ユーロから86億ユーロに増加し、2016年においても前年比で1割増加の94億8千ユーロの売り上げとなりました。有機農業食品市場は、今後も拡張を続けると専門家はみています。
1970年代は自然食品や有機農業商品を扱うといえば、小規模の小売業者だけでしたが、今日は、幅広く大手食品小売業者が扱うようになっており、置いていない店を探すほうが難しいほどです。特に最近、有機農業食品の品揃えに力をいれているのは、数年前までは全く無縁と思われたディスカウントショップの大手です。例えば、ディスカウントショップのひとつレヴェRewe では、2000以上の有機農業由来の商品を取り扱っています。
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ディスカウントショップで売られる有機農業商品

現在、有機農業食品の売上の6割は、スーパーやディスカウントショップといった大手総合食品小売業者によるもので、有機農業食品専門店全体の売り上げの2倍の額になっています。大手スーパーやディスカウントショップでも流通するようになったことで、持続可能な農業に対する大規模な支援につながり、消費者にとっても商品が入手しやすくなっただけでなく、これまで以上に安価で有機農業食品を購買することが可能になりました。一方、業界の構造変換が進み、新たな問題にもつながっています。
例えば、大手商品小売業者が市場を主導するようになって、他の商品同様に、有機農業食品の大量生産化が進み、価格競争が激しくなりました。このため、これまで有機農業食品を専門的に販売してきた小規模の小売業者はのきなみ閉鎖においやられるか、大手の傘下に入るようになりました。すでにドイツ中にある有機農業商品販売店2560軒の4分の1が、大手 チェーン店の傘下に入っています。
また、現在ドイツでは毎日、5軒の農家が有機農業に転換しているといわれ、有機農業家の数は全農家の1割を占めるまでになりましたが、急激に需要が高まっている多様な有機農業食品への需要に国内農家だけでは未だ対応しきれないのが現状です。 同時に、有機農業食品を生産する農家が海外でも増えてきたため、本来、地域の持続可能な農業を優先していた有機農業商品業界においても、海外からの輸入商品が増えました。
このように、有機農業食品市場の急激な拡大の結果、連鎖的に新たな変化が引き起こっていますが、確かなことは、有機農業食品が、もはや一部の環境や健康に特別に意識が高い人だけのものではなく、より一般的で身近なものになったことでしょう。
食事のトレンドからみえてくること
ところで、キッチンのデラックス化や有機農業人気といった昨今のドイツのトレンドは、一見、食という分野に限定された話のように思われますが、トレンドや食品にまつわる研究者たちは、別の角度からも注目しています。そして、現代ドイツの食文化は社会的な評価やプライバシーの深いところまで関わり、社会に緊張や困惑をもたらす傾向が強まってきているといいます。一体どういうことなのでしょう。「カルトとしての食事?」という挑発的なタイトルのラジオ番組での議論を始め、関連するテーマを近年様々な角度から報道しているドイツ国営放送局NRDの放送番組を中心にしながら、これらの研究者の指摘している点を、わたしの理解や解釈を補足しながらまとめてみます。
そもそも、高品質の食材の購入やそれを自宅のキッチンで調理するに、なぜ、ドイツ人はこだわるようになったのでしょうか。単なるグルメ志向や、異国の料理への好奇心といった世界全般にみられる潮流に加え、ドイツでは特に、環境や動物への配慮や、家事の男女平等化による男性の調理機会が増えたこと、また健康志向といった要素が、行動規範として重要視されるようになったことが大きいと考えられます。
食文化に新しい倫理的な観点から高い価値が置かれるようになったことで、一方で食文化関連の需要が拡大し、他方で、購買や消費することが、ステイタスシンボルや、流行のライフスタイルの一部にもなってきました。キッチンの豪華化や、有機農業食品の購買も、そのような流れで捉えられ、かつて車であったステイタスシンボルが今日、キッチンにすり替わったにすぎない、と指摘する声も聞かれます。実際、キッチンは豪華になっているのに、外で働く女性の割合が増えているため、家庭で調理する頻度は低くなっています。調理自体も、日々に不可欠な家事という意味合いから、休暇にとりくむ特別なイベントやレジャーという感覚に移っているのかもしれません。
食の信仰化と混乱
ここまでの話は、まだ、自分の好みのライフスタイルを体現することや、知人や社会への顕示欲を満足させるという、まだ個人的な満足度に関するレベルの話ですが、食にまつわる行動が、さらにもっと深く、人の本質的な面を映し出す鏡のように捉えられるようにすらなってきている、とも専門家たちは指摘します。何を食べるかが個人的な趣向という問題に終わらず、服装や宗教同様に、我々が何者であるかを定義する重要なアイディンティティーやコードの一部になったということのようです。端的にいうと、現代は、「何を食べているかいってごらん。あなたが何者だか、わたしが言ってあげる」(Jetter, 2016) という表現がぴったり当てはまるような状況です。
食文化が社会での規範やコード化が進むのに並行し、それぞれの志向の人たちはグループ化し、宗教信奉者の場合と類似したグループの性格を帯びるようになります。例えば、 菜食主義者やヴィーガン(最近のヴィーガン・ブームについては「肉なしソーセージ 〜ヴィーガン向け食品とヨーロッパの菜食ブーム」をご覧ください)、有機農業・酪農製品志向者など、一定の食生活を信奉・志向する人々の一部では、バーチャルなネットワークが築かれ、コミュニティーが形成されています。キリスト教という宗教色が歴史上これまでないほど薄れており、伝統的な家族的な結束も薄れているヨーロッパの現代社会において、食に対する主義や志向が、かつての宗教の代替物として、人々に帰属する場所を提供するようになっているようです。
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大手スーパーの入り口に貼られているヴィーガンと菜食主義者を歓迎する趣旨のポスター

他方、お互いの絆が深められ、自身の信じるものへの確信が強まるのに比例して、違う信念の食生活者に対して敵対的な態度が増幅される傾向も観察されます。レッテルをはる時の言葉こそ、「地獄」ではなく「ガンになる」と今日変わりはしましたが(Kofahl, 2016)、自分たちの信奉するものにそぐわない人たちに批判的な思考回路があることもまた、宗教に類似しています。
また、食事が単に、楽しいおいしいという話ではなく、なにを食べればいいのかという「正しい」食事の取り方が、まじめな議論になるような状況下で、社会全体に危惧やフラストレーションが増えているといいます。過剰な情報や対立する専門家の意見に耳を傾けることにより困惑するだけでなく、学問的な通説がある日を境に否定されることによって生活が大きく翻弄されたり、自分が理想とする食生活がなんらかの理由で行使できないことにより不満や危惧を募らせる人が多くなったといいます。
おわりに
まとめてみると、ドイツでは、ドイツ人の気質や伝統的な食文化の風習、そして現代の環境意識や倫理など様々な要素がからまりあって、様々な意見が飛び交い、議論は錯綜し、食に対する (物理的にもモラル的にも)飽くなき追求が続いているという状況のようです。
しかし、食べることはなによりまず、楽しくうれしいことであるはずで、これからもずっとそうあってほしいものです。そんな気持ちを込めて、素敵なキッチンで自分が選んだ食材を目の前にしているドイツ人たちには、議論や心配はとりあえず脇において、なにはともあれ、次の言葉をかけたくなります。「グーテンアペティートゥ(おいしく召し上がれますように)!」
<参考文献>
——キッチンの購入について
Kochen als Statussymbol Die Küche ist das neue Auto, 6.4.2014.
Maris Hubschmid Küchen glänzen und Schlafzimmer werden individueller, GfK, Press release, Retail|Home and Living|Germany|German, 16.01.2015
Carsten Dierig, Die Küche ist des Deutschen neuer Porsche, Welt.de, Lifestyle, 26.01.2015.
Houzz Küchenstudie 2016: Das sind die Trends in der Küchengestaltung, 22. Januar 2016.
Modern und materialstark: Diese und weitere Trends zur Küchenplanung zeichnen sich in unserer Küchenstudie 2017 ab, 17.1.2017.
Georg Fahrion, Küchenpsychologie, Capital, 15.12.2016.
Houzz Küchenstudie 2016: Das sind die Trends in der Küchengestaltung, 22.1.2016.
Houzz Küchenstudie 2017: Das sind die deutschen Küchentrends, 17.1.2017.
——有機農業食品について
BIO GEGEN BIO, Einzelhandel, Wirtschaftswoche, 13.1.2017.
Deutsche wollen “Bio”, 3sat, 28.4.2016.
Video: Was taugt das “Billig-Bio”?, ARD, 5.10.2016.(Verfügbar bis 05.10.2017)
Deutschland: Bio-Umsätze steigen stark, Bauer Zeitung Online. Schweiz-International, 13.02.2017.
黒川美樹「ビオ(Bio)ブーム」『ドイツニュースダイジェスト』(2017年4月3日閲覧)
——ドイツ国営放送NDR で扱われた食事の摂取についての昨今のトレンドや議論について
45 Min, Glaubensfrage Ernährung, NDR, 23.1.2017.
Redezeit: Essen als Kult , NDR Radio, 19.10.2016.
(1時間半の議論番組。出演する3人の専門家名Peter Wippermann、Prof. Dr. Ines Heindl、Dr. Thomas Ellrott )
Essen als Kult? Die NDR Debatte, NDR, 10.10.2016
Daniel Kofahl, Ich bin, was ich esse: Nahrung als Statussymbol, NDR, 10.10.2016 (Dieses Thema im Programm: Kulturjournal | 10.10.2016 | 22:45 Uhr)
“Foodies”: Wenn Essen zum Lifestyle wird, NDR, 26.10.2016.
Elise Landschek, Lebensmittel: Biobranche boomt, NDR, 14.10.2016 11:05 Uhr
Essen als Kult: “Eine notwendige Debatte”, NDR, 11.10.2016 16:23 Uhr - Lesezeit: ca.6 Min.
Katharina Jetter, Vegan leben: Der halbe Supermarkt ist tabu, NDR, 11.10.2016
Mayke Walhorn, Früher gesund, heute unverträglich, NDR, 10.10.2016 15:29.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ノンカロリーのお茶でケーキ風味を味わう 〜ドイツの老舗製茶メーカーの「ケーキ味のお茶」という冒険

2017-04-07 [EntryURL]

2年ほど前、ドイツで変わったお茶が登場しました。ケーキの味がするお茶です。ケーキに合うお茶でも、ケーキをまぜたお茶でも、お茶の味がするケーキでもありません。単なるお茶だけれど味はケーキ味、というものです。一体これはどんなもので、実際に飲むとどんな感じなのでしょう。そもそも、ドイツには多彩なハーブティーやフルーツティーの伝統があるのに(詳細については、「バラエティーに富むハーブ ティー文化」をご覧ください)、なぜ、このような妙なお茶が生まれたのでしょう。そして人々の間ではどのような反響がでているのでしょう。今回は、この謎(?)の多いケーキ味のお茶に注目しながら、お茶をめぐるドイツの現状と今後の展望について概観してみます。
ケーキ味のお茶の種類
まず、このお茶について詳しくみてみましょう。まず、2015年初頭に、ドイツ語で「ティーポット」を意味する「テーカンネTeekannne 」という名前の製茶メーカーから、レモンケーキ、ブルーベリーマフィン、キャラメルアップルパイ味の3種類のお茶が発売されました。翌年4月からはイチゴチーズケーキ味も加わり、これら4点は「Sweeteas」という新しいシリーズのお茶として売られるようになります。2016年秋からは、ドイツのほかの製茶メーカー、メスマーMessmer 社からも4種のケーキ味(いちごチーズケーキ、チョコ・チェリー・ブラウニー、クランベリートルテ、アップルシュトゥルーデル味)が揃って発売されるようになります(アップルシュトゥルーデルは、オーストリア でよく食べられるりんごのパイの一種)。
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お茶は、りんごやオレンジの皮などの本物の果物、ほとんどノンカロリーの植物由来の甘味料である ステビア、そしてそれぞれのケーキの風味を作り出す香料という、主に3種類の原材料からできています。気になる味とその評価はどうでしょう。商品の評価欄をみてみると、いずれのお茶も絶賛と酷評の両極端に分かれています。わたしもテーカンネ社のブルベリーマフィン味とアップルパイ味のお茶を試してみましたが、評価が割れる理由がわかる気がしました。ブルーベリーやりんごなどの風味と甘さだけでなく、マフィンやパイの味など商品名のついているケーキの味が本当にするのは確かなのですが、その事実をどう評価するかは、人によって大きく異なるのでしょう。人工的につけられたケーキ風味に不自然さや違和感を強く抱く人の評価は、当然低くなるでしょうし、逆にいつも同じではなく、ちょっと変わったフレーバーを楽しみたい人や、飲むうちに違和感が薄れた人には、好意的に受け入れられやすいということなのだと思います。
他方、好みか好みじゃないかという次元とは別に、このお茶は、糖分やカロリーを控えなくてはいけない人には、これまでなかった新しい選択肢として受け入れられるかもしれません。ケーキが食べられなくても、ケーキを食べる時の匂いと感覚を、お茶という形で味わうことができるためです。卑近な例ですが、先日このお茶を糖尿病の友人に贈ると、とても喜んでもらえました。ただし、新しい食品である分、ほかの食品以上に、人工的に配合された香料など、食品としての安全性に配慮を払う慎重な姿勢も必要でしょう。
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いずれにしても、メーカーとしてもっとも気がかりなのは、嫌いな人の数やその理由ではなく、支持して買ってくれる人が実際にどれくらいいるかでしょう。コーラ業界の異端児ドクターペッパーのように、全市場で占める割合は少なくても、根強いフアンがある程度形成されれば、ビジネスとして成り立つためです。実際の状況をみると、テーカンネ社の販売する4種類のケーキ味のお茶はすべて、発売からわずか2年の間に支持者を増やし、 今年2月現在で、同社のフルーツティー部門のトップ15位以内に入るまで、売り上げを伸ばしているそうで、お茶業界の新商品としてはかなり健闘しているといえるでしょう。
老舗の製茶メーカー
ところで、ケーキ味のお茶を現在販売しているテーカンネ社とメスマー社は、どちらも19世紀に創設されて150年の歴史をもつ、ドイツの老舗製茶メーカーです。これまでの長い歴史のなかで、多種多様なお茶を、家でも気軽にいれられるスタイルにして定着させるのにも貢献してきました。今日一般的な二つ折り型のティーバック(筒状にしたものを二つ折りにして 、上部をホッチキスや糸で止めた形) は、1949年のテーカンネ社によって発明されたものですし、ティーバックの製茶が自動化されるようになって、お茶は手頃でバラエティーに富んだ飲み物の一つとして広く普及しました。今日のドイツ語圏のスーパーではどこでも、この2社の製造するお茶をはじめ、多種多様なお茶が、20袋ほど入ったティーバックの箱詰めで、ほかの飲み物に比べて比較的安価(ドイツでは平均 2ユーロ前後)で手に入ります。
テーカンネ社は、今日、生産拠点を8ヵ国にもち全部で1500人の従業員を抱える、世界有数の製茶メーカーにもなっています。 生産するお茶の種類は450種類以上、毎年75億個のティーバックを販売しており(2007年現在)、昨年は、グループ全体の売り上げが4億2500ユーロにのぼりました。
このような話を聞くと、しかし一つの疑問が浮かびます。なぜ老舗の製茶メーカーが、よりによって伝統的なお茶の意味や価値を覆すような、人工的な風味のお茶の生産をはじめたのでしょうか。
増えてる?減ってる?お茶の消費量
それには、ドイツの近年のお茶をめぐる状況が関係ありそうです。近年、ドイツではお茶全体の消費量はこれまでないほど増えているのですが、消費が増えているのはペットボトルに入ったアイスティーのように容器に入った形で販売される物に偏っているようで、茶葉あるいはティーバックを自ら入れて飲む従来の形のお茶の消費量は、むしろ減少の一途をたどっています。2013年10月からの1年と2年後の1年を比較すると、 ドイツで販売されたお茶は1000t減って2万6700tです(これは平均すると、ひとり当たり年間、ティーバックの箱6箱分を消費していることに相当します)。特に、これまで 一番茶葉を言えるお茶の形としてよく飲まれてきていたハーブティーの消費の減少が目立ちます(Gassmann, 2017)。
容器詰め清涼飲料水の市場にはすでに多数の食品会社が参入していますし、先細りしていく伝統的なお茶の市場にこだわるだけでも、未来にむけて明るい展望は期待できません。このため、長年、多様なお茶の種類の生産にたずさわってきた老舗の製茶メーカーとしては、新しい活路を、 お茶の新商品の開発に求め、その成果の一つが、ケーキ味のお茶となったのではないかと考えます 。
ケーキ味のお茶は、味として新しいだけでなく、これまでにない別の付加価値も加わっています。それは、テーカンネ社のケーキ味のお茶の広告フレーズ「あなたの小さな甘いカロリーゼロの休憩時間」によくあらわれているように、ケーキは食べたいけど太るのはいや、あるいは、いつでもどこでもケーキの風味を味わえたら便利、という一見無理な、しかし現代人の少なからぬ人がもっている要望を (完璧ではないにせよ)可能にする、という付加価値です。
ドイツ産のお茶のお茶大国中国への進出
国内の市場が先細るのなら、海外に市場をもとめるということも企業にとって選択肢の一つです。テーカンネ社は、実際この路線にも力をいれており、2014年のロシア進出に続き、昨年2016年には、中国のお茶のオンライン通販会社でリードする Hangzhou Efuton Tea Co. Ltdと契約し、中国での販売や共同開発を進めていくことを発表しました。
世界的なお茶大国の中国において、ヨーロッパの製茶メーカーが、実際にどれほどシェアを伸ばせるかは未知数ですが、テーカンネ社側としては、当面、ターゲット層を絞り、その人たちに最適とみなされる厳選したお茶の種類を販売することを目標にしています。具体的に対象と考えられている人たちは、中国でも西欧のライフスタイルに強い関心をもっている若者層です。健康食品への関心が強まっている中国において、ジュースや人工的な飲料水に代わる健康的でおいしい飲み物として、ヨーロッパ産のハーブティーやフルーツティーをアピールすれば、人気が得られやすいのではないかと考えられているようです。
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具体的に最初に売り出す種類として選ばれたお茶は、Tropical Fruits、Raspberry & Strawberry、Orange Garden、Mint & Lemon、Apple & Peach、Winter Night、Apple Strudelの7種類で、いずれも異国情緒がありながらフレーバーが連想されやすいイラストつきのパッケージに入ったティーバックです。お茶はどれも、カフェインなし( ハーブティーやフルーツティーは一般的にカフェイン類が含まれていません)で加糖もされておらず、高品質が保証されたもので、自然食品のイメージにもぴったり合います。
おわりに
どこでも暮らしが豊かになってくると、おいしくかつ健康的な食品・食事への要望が高まります。しかし、人々がおいしいと思い求める食品と健康的な食品は必ずしも一致していません。むしろ現代の食生活において、おいしいと思う食品に高カロリーがつきまとうことが多く、 人々を悩ませることになります。 今回とりあげた、ケーキ味でしかしカロリーオフのお茶は、このような食品事情のパラドックスから生み出され、いろいろな思惑や矛盾が錯綜している現代の食生活が象徴されているといえるかもしれません。
このような新たなお茶商品が登場することで、お茶を、単に水分補給や、あるいは自然や健康飲料として飲むだけでなく、高カロリーの食品を控えるかわりにお茶を飲むといった、全く新しい観点からのお茶の習慣が、世界中あちこちで展開・定着していくのかもしれません。どんな味か飲んでみるまでわからないティーバックの袋のように、お茶の未来は未知のベールに包まれています。
///
<参考サイト>
——テーカンネ社の「Sweetteas」シリーズ(ケーキ味のお茶)について
商品紹介公式サイト
TEEKANNE eröffnet modernste Tee-Produktionshalle Europas, 01.05.2014
Der erste Tee für Naschkatzen - TEEKANNE Sweeteas, 23.3.2015.
Seit mehr als 130 Jahren ist Ihr Genuss unser Ziel! (2017年3月31日閲覧)
Unwiderstehlich süß: Die Sweeteas Nasch-Bar verführt den Handel, Düsseldorf, Feb. 2017.(2017年3月31日閲覧)
TEEKANNE expandiert in den chinesischen Markt, September 2016 (2017年3月27日閲覧)
Teekanne plant Expansion “Apple Strudel”-Tee für China, Welt.de, 13.09.2016
Michael Gassmenn, Verpackung So funktioniert der Kapsel-Trick bei Tee, Welt.de, 16.1.2017.
——メスナー社の「Kuchentee」シリーズ
商品紹介公式サイト(2017年3月27日閲覧)
——その他
Teekanne, wikipedia (2017年3月27日閲覧)
Meßmer (Unternehmen), Wikipedia (2017年3月27日閲覧)
Getränke: Tee in Deutschland beliebt wie nie: Trend zu grünem Tee, Zeit online, 26. Mai 2016.
Verordnung (EU) Nr. 1169/2011 (Lebensmittel-Informationsverordnung), Wikipedia (2017年3月27日閲覧)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


自転車が担うアフリカのモビリティ 〜支援する側とされる側の両方が歓迎する社会事業モデル

2017-04-01 [EntryURL]

前回までの二つの記事で、ヨーロッパを例にした交通・輸送の現在と未来についてみていきましたが、 ヨーロッパから視線を少しずらすと、「移動」が容易にできることが当然でも簡単でもない国や地域がいまだに多くあります。
昨年キューバで、延々と続く日陰の一切ない一本道を炎天下歩行する人や、 トラックの荷台に立ち乗りするして移動する人々、また大人二人とこども二人の4人が (こどもの一人は背負われ、もう一人は大人の間にはさんだ格好で)1台のバイクで走行するのを目の当たりにして、わたしも、モビリティ(移動性)の重要性を強く感じました。(キューバのモビリティとインターネット事情についての詳細は「キューバの今 〜 型破りなこれまでの歩みとはじまったデジタル時代」をご覧ください)。適切な移動手段があれば、 快適に移動できますが、それがなければ移動は、時間も労力も膨大にかかり、危険なものにもなります。
スイスでは、アフリカでのモビリティを確保・推進するため、中古の自転車をアフリカに送るという民間主導のプロジェクト「ヴェラフリカ Velafrica」が1990年代からはじまりました(当初の名称は「アフリカのための自転車」で、2014年11月に現名に変更 )。その後、年々プロジェクトの規模が大きくなり、スイス全域を網羅するプロジェクト支援体制もできて、現在では、毎年約2万台の自転車が集められ、アフリカに送られています。このプロジェクトは同時に、スイス国内において失業者や障害者などを社会から疎外せず、融合・統合(インテグレーション)させるための社会福祉事業としても定着しており、支援国と支援される国が相互にウィンウィンの状況となる新しい事業モデルとしても評価されています。
今回はこのプロジェクトについて取り上げてみます。通常、 海外への支援と国内の社会福祉は別個に扱われますが、長期的に国内外で成功しているこの社会事業が、具体的にアフリカとスイスでなにをもたらし、社会や生活にどのような変化を与えたのかをみていくことで、社会事業の在り方や、自転車によるモビリティの意義について、 考察してみたいと思います。
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プロジェクトのきっかけはスイスの失業問題
ところで、このプロジェクトが立ち上がった当初は、アフリカへの支援は想定されていませんでした。スイスでは1990年代、好景気から一転して経済が停滞し、失業者が急増しましたが、その最中の1993年、失業者への雇用を促進する目的で、自治体や社会福祉基金の支援をうけて、中古自転車を修理する作業場がつくられたのがそもそものはじまりです。失業中に、中古自転車修理の技術を学ぶことで、新しい雇用先をみつけやすくすることがねらいでしたが、すぐに倉庫は自転車でいっぱいになってしまいます。窮余の策として、プロジェクトを立ち上げた自転車修理工のリヒターPaolo Richter氏 が思いついたのが、直した自転車をアフリカにおくるというものでした。早速同年、最初の自転車が、コンテーナーでガーナに送られました。
その後、アフリカでの自転車の高い需要を受けて、プロジェクトはスイス全土に展開していきます。これまでアフリカに送られた自転車は合計で15万台以上になり、送る国も、ガーナ、タンザニア、エリトリア、ブルキナファソ、ガンビア、コートジボワール、マダガスカルと拡大していきました。2005年に一度だけ、中国産の新品の自転車が、スイスの中古自転車とほぼ同額でアフリカの市場にでまわって、スイスの中古自転車の需要が一時的に若干減ったことがありましたが、スイスの中古自転車の性能が中国産の新品に勝るという理解が現地で広がり、すぐに需要も回復します。
ヴェラフリカのプロジェクトがスタートしてから20年以上がたちましたが、この間に、スイス国内のプロジェクトの協力体制も確立されてきました。パートナー企業や社会事業組織が、自転車の持ち込み先からアフリカに届けられるまでの作業の一部をそれぞれ担当し、支援する体制です。自転車は国鉄の駅とスイス全国500ヶ所の収集場所が常時、無料で受け入れ、修理作業所に輸送されます。修理作業場は、スイス全国にある、失業者や難民、障害をもつ人の就業を推進する社会福祉組織内にあり、自転車の修理のほか、一部の自転車を解体して、使える部品を調達するなどの作業も行います。それでも不足する自転車の部品は、大手生協の「コープ」が無償で提供しています。走行可能な状態にまで修理された自転車は、スイスのプロテスタント教会救済組織HEKSによって、海路と陸路でアフリカに輸送されます。
アフリカの経済活動を支援する
中古自転車はアフリカに着くと、 現地の販売先や社会福祉組織で 、50〜100スイスフランで売られます(推進プログラムとして譲渡される場合も一部あります)。自転車販売の収益は、社会プログラム(学校、職業訓練、女性助成)や新しい販売拠点や修理工場などにあてられ、プロジェクトを長期的かつ効果的に続けるのに役立てます。自転車は、アフリカの人々の2〜3ヶ月分の収入に相当し、決して安いものではありませんが、 簡単に手に入らない貴重なものであるから余計に、自転車は大切に利用されるという利点もあるといいます。
自転車を手にすることで、実際に、アフリカの人の生活はどう変わるのでしょう。プロジェクトの担当マネージャーであるドゥコムンMichel Ducommun氏は、自転車は、「非常にシンプルな乗り物」でありながら、決定的に「生活条件を改善する」ものだ(moneta, 2016)と言います。
具体的にどういうことか、昨年公表されたタンザニアとブルキナファソの調査結果をもとにまとめてみますと、まず、物理的に移動が非常に容易になるので、経済(就業)や教育の機会を増やし、健康や生活を向上させるのに直接役立ちます。例えば、遠方の職場にも通勤できるようになるなど、より柔軟に雇用・労働市場に対応することができます。子供たちは通学できる範囲が広がり、通学時間が短縮されることで、学習の機会や時間が全般に増えます。医療機関へのアクセスも容易になりますし、重いものの輸送も非常に楽になります。毎日数時間かかることもめずらしくない、薪や水くみなどの重労働をこなす女性にとっても、大きな労力の削減につながり、余剰となった時間と労力を別の仕事をするのにあてて、収入を増やすことも可能になります。
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新たな雇用も生まれます。ヴェラフリカでは、自転車の販売だけでなく、自転車を修理・維持するための自転車修理工の職業訓練(研修)プログラムにも力をいれており、アフリア各地で開催しています。ここで学んだ修理工たちは、自分たちで店を出すなど、次々新たな就業の場を作り出しています。今後さらに自転車が普及することで、仕事の種類や数も増え、地域の経済全体がより活性化されることも期待できます。
ちなみに、アフリカに輸出された古着が現地の服飾産業を破滅においやったという指摘がありますが、ヴェラフリカによると、自転車産業は少なくともプロジェクトを行っているアフリカの国々ではほとんどなく、中古自転車販売や修理作業場の存在自体が、地元の産業を圧迫しているという事実はないといいます。ブルキナファソにプジョーの自転車工場が一時期設置され、2013年に閉鎖されたことはありますが、これについても中古自転車が増えたためではなく、単に企業にとって現地で十分な利益があげられなかったためという見解を示しています(moneta, 2016)。
スイスでの社会福祉事業としての展開
このプロジェクトが全国的な展開となるまで規模を拡大させ、20年以上の間成功をおさめてきたのは、アフリカにとってだけではなく、スイス社会にも大きな貢献をしているためでしょう。
前述のように、もともとこのプロジェクトは失業者の雇用推進を目的にスタートしました。その後、スイス各地の社会福祉組織が、それぞれの地域の自転車受け入れや修理作業で協力をするようになり、現在社30ヶ所がこのプロジェクトと連携しています。これらの組織では、アフリカに送るための点検と修理をするかたわら、一部の自転車(アフリカで需要が少ないビンテージものなどが主流で、最大で全体の15%まで)を修理し販売することが許されており、組織の運営の資金や就業者への賃金にすることができます。このため、失業者は新たな雇用先をみつけるまでの経済的にも精神的にも不安定な時期に、報酬を得ながら、自転車修理工としての技術を学ぶことができます。また、身体的な障害などが理由で一般の会社で就労ができない人々にとっても、貴重な雇用の場を生み出しています。
途上国の持続可能な開発支援と国内のインテグレーションへの貢献をうまく組み合わせ、両者にとって得となるモデルをつくりあげたことが高く評価され、2009年には、政府監督下にあるNPO法人シュヴァーブ基金Schwab Stiftung から 「スイスソーシャル企業 Swiss Social Entrepreneur」賞を受賞しました。
今後の展開と可能性
さて、このプロジェクトは今後どう展開していくのでしょう。スイス側もアフリカ側もすでに協力・支援する社会的組織や企業のネットワーク体制が20年来構築されてきて、軌道にのっているため、今後もアフリカで高品質の中古自転車の需要があれば、長期的な運営の見通しは悪くありません。
むしろ、今後の展開の鍵となるのは 、国内で十分な自転車の調達できるかにあるかもしれません。スイスでは毎年38万台の新しい自転車が購入されており、ガレージなどには、350万台の自転車が使われずに置かれていると推計され、まだ潜在的なアフリカに送ることができる自転車は多いと考えられています。ヴェラフリカは、年間を通じて様々なイベントやキャンペーンをほかの企業や組織と共同で行いながら、人々の注意をひき、これら使われずに放置されている中古自転車の寄付を訴える予定です。
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自転車の商品パンフレットに掲載されたヴェラフリカの広告
「いらなくなった自転車を寄付すると、電動自転車を購買するときに割引があります 」

ヨーロッパのほかの国にもプロジェクトを広げる計画もでてきています。目下候補地として検討されているのは、オーストリアとフィンランドです。アフリカの地形や道路の状態を考慮すると、頑丈で軽いマウンテンバイクが最適ですが、この二国では、マウンテンバイクがスイスと同様に多く乗られているのだそうです。ちなみに、自転車の台数から言えばヨーロッパでダントツ一番のオランダは、 比較的重くギアが3段しかない自転車が多いため、現在、プロジェクトの対象にはなっていません。
おわりに
前回と今回、連続して自転車に注目してみましたが、先進国でも途上国でも使い勝手がよく、依然として有望な移動手段として、自転車が高く評価されているのがおもしろいなと思います。日本でも寒さもぐっとやわらぐこの季節、これを読んでくださったみなさんのなかで、風を切って自転車を走らせたくなった方もいらっしゃるかもしれません。
///
<参考文献>
プロジェクト「ヴァラフリカ Velafrica 」について
Velafrica. Mobilität mit Perspektiven 公式サイト(英語)(2017年3月22日閲覧)
Seit über zwanzig Jahren eine Erfolgsgeschichte, Drahtesel (2017年3月22日閲覧)
Velos für Afrika, Lokaltermin, SRF, 17.6.2016.
Brühlgutstifung, 99`999 und 1 Velo für Afrika
Ein Velo hilft, die Lebens¬ bedingungen zu verbessern», moneta : Zeitung für Geld und Geist, 4/2016.
Recycling: Schweizer Velos für Afrika, Coopzeitung, 8.10.2012.
Mit dem Velo auf den Markt und in die Schule, Coopzeitung, 8.10.2012.
Brühlgut Stiftung(2017年3月22日閲覧)
タンザニアとブルキナファソの調査報告について
Velafrica (hg), MOBILITÄT. EINKOMMEN. BILDUNG. Zusammenfassung der Wirkungsstudien in Tansania & Burkina Faso, 2016 (Text: Adliano Aebli). (2017年3月22日閲覧)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


グーグルは「形を読み取っています」

2017-03-29 [EntryURL]

輸出ビジネス®エキスパート養成講座では、「ドメインの重要性」についてお話させていただいています。
国内はやむを得ない部分もありますが、海外サイトの場合は、まずはドメインをよくよく考えなければいけません。

ドメイン名は小さいですが、検索エンジン対策になります。
たとえば時計を販売するサイトの場合は、「watch」を入れた方がプラスになるということです。

その説明でよく例に挙げるのが、マルイの通販サイト。
「0101」検索すると、マルイの通販サイトが1位に表示されます。

タイトルやコンテンツに、「0101」が入っていなくても1位です。
0101は、ドメインに使われています。マルイ通販のドメインは、voi.0101.co.jp アクセスがあるので、ドメイン名の合致だけで1位になっているのです。

そして、以下の事例も合わせて説明させていただいています。
「おいおい」で検索した場合、このマルイ通販サイトは2ページ目に表示されています(以前は1ページ目でした)。

数字の「0」をアルファベットの「O」、数字の「1」をアルファベットの「I」で、「0101」→「OIOI」→「おいおい」とグーグルが予想して検索結果に反映しているのです。

本当にどんどん賢くなっています。

で、新しい事例みつけました(笑)。

「菊及」というキーワード。
意味ありません。ぼくが考えた造語です。

これで検索したら、1位が料亭の菊乃井のサイト。
アクセスもあるでしょうしタイトルに「菊乃」が入っています。

菊乃?

「菊及」ではなく、「菊乃」です。
前述のマルイの例をより幅が広がった感じです。

グーグルは「形を読み取っています」。

2位は、菊乃という人のブログです。
これまた興味深い結果です。

タイトルに「菊乃」がありません。メタキーワードにもh1タグにも。
descriptionには入っていますが、やはりグーグルはコンテンツを見ているのでしょうね。

これらの結果から活用すべきいくつかのことが学べます。

コンテンツの重要性はみなさん知るところです。
専門的な内容、独自性のある内容、一定のボリュームのコンテンツが検索結果にも反映されます。

違う観点から、わたしがコンテンツのひとつの考え方として推奨しているのが、「いろんな言葉(キーワード)を使う」ということです。

日本語サイトの場合は、漢字・ひらがな・カナカナ・英語といろんな表記がありますので、これは上手に活用したいです。

また「間違った」表記も入れたいところです。
英語の場合だと綴り間違いなどもそうですね。

グーグルが引っ張ってくれますし、実際間違って検索する人もいます。

そういう場合のサイト内でのページ作りは、
「最近、○○と検索される方がおられますが」とか、「よく○○と思ってられる方がおられますが」といった間違った表記での解説ページです。

いかに、
「ユーザーの目の前に自分のサイトを持ってこられるか(見てもらう前段階)」が勝負なので、この小さな努力の積み重ねがライバルと天と地との差を作る一歩になります。

コンテンツはボキャブラリー豊富にいろんな言葉を使っていきたいです。

因みに、「菊乃」で検索すると菊乃井のサイトが圏外というのもまた不思議な結果です。


カーゴバイクが行き交う日常風景 〜ヨーロッパの「自転車都市」を支えるインフラとイノベーション

2017-03-24 [EntryURL]

近年、世界的に自転車をめぐる認識や実際の状況が大きく変化しています。クリーンな交通手段であるだけでなく、車交通のほかの様々な弊害(渋滞や駐車場不足、車優先構造によって起こる様々な不便や都市空間の分断)を免れることができ、運動不足気味の都市住民に貴重な運動の機会ともなることを高く評価し、自転車が都市の移動手段として定着するよう、真剣に取り組む都市が増えてきたためです。人口の6割が都市部に住み、都市の交通手段が全二酸化炭素排出の4割を占めるヨーロッパでは、都市で自転車のハンドルを握る人が増えることで、二酸化炭素の排出量が減ることも期待されています。
すでにヨーロッパでは、 「自転車都市」(自転車交通がさかんな都市)として知られる都市がいくつもありますが、なかでもオランダの首都アムステルダムとデンマークの首都コペンハーゲンは有名です。この2都市では 全住民の5割(統計によっては6割以上)が通勤や通学に自転車を使っています。スイスで比較的自転車利用者が多いとされる都市でも通勤・通学に自転車を利用する人の割合は2割にとどかないことと比べると(バーゼルが16%、ヴィンタートゥアが13%)、アムステルダムとコペンハーゲンのこの割合が、いかに突出したものであるのかがわかります。
自転車都市では、自転車走行のためのインフラ整備が自治体によって進められきたのはもちろんですが、それらに並行して、自転車の利用の幅が広がったことや、ほかの交通機関との接続・乗り継ぎがよくなったことも自転車利用者数を押し上げた重要な要因と考えられます。一方、利用が増えたことにより新たな課題もでてきました。今回は、アムステルダムとコペンハーゲンを例に、このような自転車をめぐるこれまでの変化や新たな課題をまとめてご紹介してみます。
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車社会から自転車都市へ
ところで、アムステルダムもコペンハーゲンも、半世紀ほど前まではほかの都市と変わらぬ車社会でした。しかし増える車交通によって大気汚染、騒音、交通事故、渋滞、また都市中心部の衰退などの弊害が目立つようになり、1970年代から徐々に自転車への再評価が広がっていきます。これに伴い、市は自転車交通を推進する政策をすすめてきました。
自治体が行ってきた主なことは、安全な自転車道路や駐輪スペースの整備です。人口130万人のアムステルダムでは現在総計3万5000kmの自転車道が整備され、すでに中央駅(本駅と南駅)周辺だけでも、自転車1万8000台分の駐輪スペースがあります。人口56万人コペンハーゲンでは、最低幅170cm(実際の道路ではさらに広く220〜250cmの幅が一般的)の自転車道が合計で400km整備されており、その中には自転車専用のハイウェイ(文字通り、地上から高いスペースを使った道路)も含まれています。
カーゴバイク
ただし自転車走行の環境を単に整備したからといって自動的に自転車利用が増えるわけではありません。例えば、買い物したものの輸送や、(小さい子どもがいる家庭にとっては)子どもの送迎は、多くの家庭で日々の生活に欠かせませんが、小さな荷台にはおさまらない重くて大きな荷物の輸送や、二人以上の子どもの送迎(輸送)には、普通の自転車は適しておらず、これらの人々が自転車を利用することにはつながりません 。
しかし、もしもこのような日常生活に不可欠な輸送も自転車でできるとしたらどうでしょう。結論から先に言いますと、そのような自転車が今日存在します。正確に言えば、昔からありました。1920年代終わりにデンマークで発明された、通常「ロング・ジョンLong John 」と呼ばれる輸送用の自転車です。これは、前輪とハンドルの間を長くとって、その間に荷台を置いて、そこに物を積んで搬送するタイプで、約100kgまで輸送可能です。1930年代以降、いくつもの会社でこのような輸送用自転車が製造され、オランダとベルギーで利用されてきましたが、車が普及してきて次第に人々に忘れられていきました。
しかし近年、再び、買い物や子どもの送迎に使える自転車需要を追い風にして、人気が高まっています。重量を軽量化したり、荷台を子どもがのれるよう箱型にしたもの、また電動化したもので、「カーゴバイクcargo bike」と呼ばれています。すでにコペンハーゲンの全家庭の15%、 二人の子持ちの家庭に限れば4家族に1家族がカーゴバイクを所持しています。子どもの自転車での輸送には、ヨーロッパではこれまで、自転車の後ろに貨車のようなものを付随させ、それを牽引する形で輸送するのが一般的でしたが、前に子どもをのせるカーゴバイク・タイプのほうが、子どもの安全が確認しやすく、事故も少なく、子どもにとっても前方がみられるので好評を博しています。
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「カーゴバイク」と検索してでてくる様々なタイプのカーゴバイク

スイスでもカーゴバイクが、数年前からちらほらみられるようになりました。 初めて、子どもを輸送中のカーゴバイクが交差点で止まっているを見かけたときには、思わずものめずらしさから声をかけてしまったのですが、「オランダ製です」と誇らしそうに返答されたことが印象的でした。カーゴバイクというジャンルでは、スイス製の時計やドイツ製の車のように、オランダ製とかデンマーク製いうのが、 目下、圧倒的な知名度やブランド力をもっているのかもしれません。いずれにせよ、カーゴバイクは、プロの配送(郵便や宅配サービス)から子どもの送迎まで、様々な輸送用途にあわせた形や種類がでてきており、現在500種ほどが市場にでまわっています。
公共交通との間のスムーズな移行
一方、自転車をめぐる環境や状況がいかに優れたものになっても、自転車だけですべての移動を引き受けることはできません。このため、単に自転車走行だけを推進するのでなく、ほかの交通機関とうまく連結させることも、自転車の利用を増やすのに大切になります。
コペンハーゲンでは、駅や主要なバス停の駐輪スペースの整備をすすめる一方、2010年から、地下鉄に自転車を無料で持ち込めるようになり、その後2年間で持ち込まれる自転車台数は、210万から730万台に増えました。今後も、 既存の交通機関だけでなく、車や自転車のシェアリング・システムのような新しい交通システムも取り入れ、連結・協力を積極的に進める方針です。
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新たな課題への取り組み
一旦、環境や使いやすい自転車が整えば、自転車の利用はうなぎのぼりに増えていくようです。オランダでは過去20年間で、都市で自転車に乗る人が4割も急増しました。自転車が増加するのと並行して、車の交通量は減っており、現在のアムステルダムの交通量は、自転車10台に対し車は1台の割合です 。しかし、この快挙を手放しで喜んでばかりもいられません。新たな課題がでてきたためです。
例えば、自転車の走行量が増えることで、交通の流れが停滞あるいは危険が増えます。このため車道を減らして自転車道や歩道を増やしたり、車が自転車に危険が及ばないよう減速して走るようにするなど、ほかの交通手段と兼ね合いを改めて見直すなどの対処が必要になります。より深刻な問題に、駐輪場の不足問題があります。アムステルダムではこれまでの駐輪スペースでは不十分として、2015年に、地下スペースや平底船も利用した5万台分の駐輪スペースを市内に追加でつくる計画を打ち出しました。平底船を活用するというのは、運河が多いアムステルダムらしい妙案です。
また、自転車の駐輪が増えると盗難も増えます。これを防ぐ決定的な得策は残念ながらいまだにありませんが、近年のアムステルダムの盗難対策では一定の抑制効力がありました。それは市が、盗難されて破棄された自転車や不法駐輪などで、一年に数万台押収する自転車を、盗難自転車の販売価格とほぼ同額で販売するというものです。これにより2001年から2008年の間で、盗難被害件数は半減し、さらに(麻薬購入目的で自転車を盗む人が多かったようで)麻薬常習者の数も半分にもなったと言います。
高齢者と自転車
最後に今後積極的に検討する価値があると私が個人的に考える、高齢者の自転車利用という課題について、触れたいと思います。高齢者は、これまで自転車利用者として中心的に考えられる存在ではありませんでしたが、ほかの層にまさるとも劣らず、自転車の潜在的需要が大きい社会層といえると思われます。というのも高齢者は、マイカーの運転という便利な選択肢が、健康的あるいは経済的な理由で次第に難しくなる一方、買い物や移動全般が、体力的にも、ほかの世代以上に大変になるためです。高齢者が、自転車を長く利用できればできるほど、行動範囲が内容が広がり、自立性の高い生活を続けることが可能になります。
しかしそのためには、通常の自転車ではなく、高齢者の健康状態や体力に適した自転車が不可欠です。目下のところ、体力的な負担が少なくてすむ軽量の自転車や、電動自転車、転倒事故を起こしにくい三輪の自転車や、乗り降りがしやすい構造の自転車などが高齢者に適していると考えられますが、今後高齢者の社会福祉や健康政策の観点から自転車という交通手段が重視されるようになれば、より優れた性能の自転車もでてくるかもしれません。そのような自転車が手に入りやすい価格で市場にでまわるようになれば、自転車利用に消極的な高齢者たちの間でも、自転車の利用が広がり、最終的に自立的な生活を長く営むことができる高齢者が増えるのではないかと思います。
おわりに
冒頭でも述べましたが、今日、ヨーロッパだけでなく、アジアやアメリカでも、自転車に熱い視線が注がれています。実際に自転車専用道路の拡充、シェアリング自転車、自転車の輸送配達サービスなど自転車を利用した様々な輸送や移動の試みが各地で始まっていますが、人口規模や気候、地形だけでなく、社会や産業構造も非常に異なるそれらの都市では、どのような自転車利用が定着するのでしょう。他の都市の成功例に刺激されながらも、それぞれの場所に適した自転車の利用方法や地域性にとんだ自転車のスタイル、奇抜なアイデアなどが登場してきて、驚かせてくれるかもしれません。世界各地のこれからの展開に期待しましょう。
////
<参考サイト>
——ヴィンタートゥアの産業博物館で現在開催中の特別展示「バイク・デザイン・都市BIKE l DESIGN l CITY 」(29.01. - 30.07.2017)について(この記事は、この特別展示に刺激を受けて作成されました。)
展示についての公式ページ
200 Jahre Velo. Das Velo fährt dem Auto den Rang ab, Kultur, SRF, 6.2.2017.
——アムステルダムについて
Cycling in Amsterdam
Martin Skoeries, Fahrradparadies Amsterdam Die Speichenstadt, Spiegel Online, 09.05.2015.
——コペンハーゲンについて
Die Kopenhagener lieben ihre Fahrräder, Denmark, Die offizielle Webseite von Dänemark (2017年3月15日閲覧)
Ulli Kulke, So revolutionieren Fahrräder die Metropolen, Die Welt, 10.4.2014.
Radfahren in Kopenhagen, Wikipedia (2017年3月15日閲覧)
Holger Dambeck, Radfahr-Blogger Colville-Andersen “Kopieren Sie Kopenhagen!”, Spiegel Online, 15.5.2014.
——カーゴバイクについて
Kopenhagen Fahrräder lösen Autos ab, FAZ, 31.03.2015
The Blog by copenhagenize Design Co., Episode 08 - Cargo Bikes - Top 10 Design Elements in Copenhagen’s Bicycle Culture, 03 September 2013.
Transportrad, Wikipedia(2017年3月15日閲覧)
Long John, Wikipedia (2017年3月15日閲覧)
——交通機関間の連結と協力について
Marcus Tang Merit, State of Gree: Sustainbale Urban Transportaion, June 16, 2016.
State of Green, SUSTAINABLE URBAN TRANSPORTATION, Creating green liveable cities, Think Denmark. White papers for a grenn transition, 2016.
——高齢者のための自転車について
Fahrräder für Senioren

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


地上は人に、地下は貨物に 〜スイスで計画されている地下輸送網による持続可能な物流システム

2017-03-16 [EntryURL]

今回と次回の記事では、輸送・交通手段の将来について、ヨーロッパを例に考えてみたいと思います。本記事では、スイスで構想中の、地下のトンネルで主要都市間を結ぶ貨物輸送物流システムについてとりあげてみます。社会のデジタル化が進んでも減少するどころか、むしろ増加している物(貨物)の輸送については、日本でも、輸送業者のドライバー不足による就労状況や収益の悪化などの問題につながっており、目下話題となっていますが、スイスがどのように対処しようとしているのかをご紹介します。
困難な状況下で生まれた斬新な発想
ほかの先進諸国と同様に、スイスの物流量も年々増えており、スイス連邦統計局の予測では、2030年には、2010年時に比べ45%も増加するとされています 。しかし、フランス語圏(西部)とドイツ語圏(東部)を結ぶ主要幹線道路(高速)「A1」ではすでに年間9000時間もの渋滞が起こっていることからもわかるように、既存の輸送網の利用で対処するのはすでに限界に近い状況です。
それではどうすればいいのでしょう。スイスの国土は狭い上(国土面積は 4万1300㎡で、九州よりは若干広く、ちょうど北海道の面積の半分にあたります。 )、この先も都市を中心に人口増加が予想されているため、十分な住宅供給が大きな課題であり、都市間を結ぶ輸送網のために新たなスペースを確保するのは難しい状況です。ならばいっそ、輸送を人の移動と分け、貨物輸送を別のところ、たっぷりあいている地下に下ろしてしまえば解決になるのではないか、そんな発想から生まれたのが カーゴ・スー・テラン Cargo sous Terrain( フランス語で「地底(地下)貨物」の意味 )と呼ばれる構想です(以下では略してCSTと表記します)。主要都市間を地下輸送専用網で結びつけるという、一見、SFのような話ですが、推進協会が設立されて、実現に向けて具体的に動きはじめてから4年目を迎え、かなり現実味を帯びてきました。
貨物専用の地下輸送トンネルの概要
現在公表されているCSTの具体的な構想をみてみましょう。(下の参考映像はドイツ語ですが、本文と合わせてご参照いただくと、全体的なイメージが湧くと思います。)
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参考映像: 「人間は地上、貨物は地下MENSCHEN OBERIRDISCH - GÜTER UNTERIRDISCH」(出典: Cargo sous Terrain

貨車専用のトンネルは、地下20〜50メートルの深さに直径6 mの広さで掘ります。トンネル内部は3車線に分け、貨車は常に時速30 Kmで走行できるようにします。この貨車レーンとは別に、トンネルの上層部には、 2倍の速度(時速60Km)で輸送できる小型荷物専用の輸送レーン(ロープウェイのように上部から吊り下げた貨物輸送用機器を使った輸送手段)も設置します。貨車と小型貨物の輸送レーンは完全自動運転で、365日24時間の輸送が可能です。貨車レーンの下には、電気・通信ケーブルなどを敷設します。トンネルの両端の地点といくつかの中間地点には、地上と地下を結ぶ貨物専用のエレベーターを含めた約8000m2のハブ(物流拠点)を設置し、貨物の搬入や仕分けなどの作業はハブの地上施設で行います。これらの施設や運行に必要なすべてのエネルギーは、ハブ屋上にはソーラーパネルを設置するなどして、 再生エネルギーでまかないます。
渋滞による遅延の恐れがない分、利用する企業は在庫の数やその保管場所を減らすことができるでしょうし、大口出資者においてはハブ内に直接専用拠点をもつことができるなど有利な環境も手に入り、仕分けや搬入作業がさらに迅速で効率的になることが予想されます。また、24時間正確で確実な輸送が可能な物流体制は、3Dプリンターを用いた製造業などスピードを競う業者にとって魅力的なものとなり、ハブの周辺に新たに生産拠点が集結してくることも予想されます。
構想の第一段階として現在計画されているのは、チューリッヒ市から67Km先のソロトーン州とベルン州の境界近い郊外地区 Härkingen/Niederbippまでのトンネルとハブ施設です。2028年までに完成させて2年の試験期間後、2030年から正式にスタートさせるというのが目下の計画です。その後、第二段階として、スイス最西端の都市ジュネーブから、最東端の都市ガンクトガレンまでトンネルを延長し、文字通りスイスの東西を横断する物流網を完成させるという壮大な計画が続いています。総工費は概算で、第一段階のトンネル建設費は35億スイスフラン(トンネル建設費用はそのうち7割)、すべて建設されれば、330億スイスフランとされています。
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トンネルがすべて完成した場合の全国的な地下物流網図 出典:Cargo sous Terrain

推進者たち
興味深いことに、巨大なプロジェクトであるにもかかわらず、国は直接関与していません。昨年11月、スイスの国会は独自の調査結果をもとに、この物流施設の建設を支援する考えを公式に示し、来年末までに国会で建設に関連する法が整備される予定ですが、国としては法的整備以外の参与や、経済的な支援の意向は示していません。
これは、国の関与を受けず自由な運営を目指すプロジェクト推進側の当初から一貫した意向でもあります。プロジェクトを推進する出資者の顔ぶれをみると、前回の記事でも取り上げた生協でかつスイスの二大小売業者であるミグロとコープ、またスイス国鉄、スイス郵便、スイスコムなどスイスの物流の大物が揃っており、物流に関わる大手企業が一丸となって、新たな物流網の構築を目指していることがわかります。現在も出資者を募集中で、目下、 建設許可のために必要な1億スイスフランを今年の半ばまでに集めることが目標のようです。
単なる貨物輸送を超えた物流構想
昨年1月にCTSの構想が公式に発表された際には、地下の自動走行による輸送システムという技術的な側面が、とりわけ注目されましたが、CTSは単に革新的なテクノロジーで、増える貨物問題を解決するというだけでなく、職住空間のアメニティーや環境の向上にもつながることも、この構想の大きな特徴です。むしろ、こちらの側面のほうが、国や社会全体から支持を受けるために重要な側面だとも言えるかもしれません。
例えば従来の物流手段に比べ、CTSでは環境負荷が大幅に減ります。すべての運行に再生可能な電力を用いるため、トータルで換算すると、二酸化炭素排出量は8割減り、騒音量も5割減になるといいます。また、ハブから都市に荷物を輸送したトラックが、カラでハブに戻るかわりに、リサイクル物やゴミを収集してハブへ輸送するなど、CTSの物流がほかのものの動きやシステムと合流し、人々の密集する都市などの職住空間全体の、一方向的ではなく環状型(あるいは両方向的な)輸送システムをつくることで、主要幹線道路だけでなく、都心部でも輸送頻度や量を減らせることが見込まれています。
これまで行われた二つの調査、フィジビリティスタディと国の依頼調査(詳細は参考文献をご参照ください)では、いずれもこれらの環境面での貢献が高く評価され、CTS構想を支持する結果となっています。
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おわりに
CSTの構想は、旧来の技術とインフラにもっぱら頼るだけでは限界に近づいている物流事情を抱えたスイスの、言わば背水の陣であるといえます。一方、小手先の解決に満足せず、どうせなら、都市圏全体の物流やリサイクルとも組み合わせて、職住生活空間全体の物の流れを効率化・合理化し、持続可能な未来型物流システムを構築しようという非常に野心的な案でもあります。
スイスと同じように貨物量が年々急増している日本でも、物流業界の問題はひとごとではありません。 将来はどのような物流システムが構想・実現されていくのでしょうか。今後、各国がどんな解決に向けて道を歩んでいくのか、共通点や相違点に注視しながら、動向を見守っていきたいと思います。
///
<CSTについての参考文献とサイト>
——CSTの概要と国の公式見解
Cargo sous terrain 公式ホームページ(2017年3月6日閲覧)
Cargo sous Terrain, Wikipedia, de (2017年3月6日閲覧)
Der Budesrad, Bundesrat legt weiteres Vorgehen für Projekt “Cargo sous terrain” fest, Medienmitteilungen, Bern 24.11.2016.
Cargo sous terrain: Wichtiger Meilenstein auf dem Weg zur Realisierung erreicht, Medienmitteilung des Fördervereins Cargo sous terrain, Bern, 24. 11.2016
——CTSについての調査について
Cargo sous terrain: Das Güterverkehrssystem der Zukunft, Medienmitteilung, 26. Januar 2016 (フィジビリティスタディ feasibility study (実行可能性調査)の結果について
Markus Maibach, Lutz Ickert, Daniel Sutter, Volkswirtschaftliche Aspekte und Auswirkungen des Projekts Cargo Sous Terrain (CST), Schlussbericht, Zürich, 23. September 2016. (Auftraggeber: Bundesamt für Verkehr)(国からの依頼による調査報告書)
——国内外のメディアによるCTS関連の報道(新しい日付順)
Platzmangel: Die Zukunft liegt im Untergrund, Einstein, SRF, 16.2.2017.
Michelle Bucher, Cargo sous terrain: Da tut sich was im Untergrund, umweltnetz-schweiz.ch.Forum für umweltbewusste Menschen, 06.2.2017
Daniel Haller, Nun soll die Zukunft unterirdisch gut werden, Cargo Sous Terrain, — bz Basellandschaftliche Zeitung,1.2.2017.
Philipp Felber, Cargo sous terrain im Gäu - «Wir fühlen uns gegenüber der Bevölkerung verpflichtet», Oltner Tagblatt, 1.2.2017.
Jan Flückiger, «Cargo sous terrain» nimmt erste Hürde, Unterirdischer Gütertransport, NZZ, 24.11.2016.
Sylviane Chassot, Bundesrat spricht sich für «Cargo sous terrain» aus, Unterirdisches Gütertransportsystem, NZZ, 25.11.2016.
Bernd Kramer, Smarte Transportidee Brummis, ab in den Untergrund!, Der Spiegel, 18.9.2016.
Paul Schneeberger, Eine U-Bahn für Güter, Cargo sous terrain, NZZ, 26.1.2016.
Daniel Friedli, Der Güterverkehr soll in den Untergrund, Entlastung der Strasse, NZZ, 3.3.2013, 09:13 Uhr
——その他
Stephanie Falk, Vollautomatisches Transportsystem.Wenn Marilyn Monroe die Wäsche bringt, Competence 5/2016, S.10-11.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


WorldFirstさんにお伺いしました

2017-03-15 [EntryURL]

いつもややこしいお願いをしたり、日本ネット輸出入協会でもコラムを書いていただいたりとお世話になっている、WorldFirstさん。

もちろんコンプライアンスの範囲内ですが、無理な要望も可能な限りご提案していただけるので本当にありがたいです。
いま現在も、とてもややこしい案件をお願いしているところです(汗)。
ちょうど香港にプライベートで用事があったので、香港のオフィスにご挨拶にお伺いしました。
30階にあるオフィスからの眺めは素晴らしいです。
WorldFirstは、米国、中国、カナダ、英国での国際受取口座を開設してくれる会社です。

昨今活況な越境ECのセミナーに行くと、とんでもないことを話ししている講師の方もいます。
「アメリカアマゾンの売上を受取るためには、アメリカの銀行口座が必要なので、アメリカに行って銀行口座開設しなくてはいけません。これはまだまだ越境ECの高いハードルのひとつです」
これは本当にあった話です。
講師の方が誰かは知りませんが、多分「貿易」での実績がある会社の代表の方なのでしょう。
越境ECはインターネットを使って海外販売するビジネスです。
その実績は皆無なのではと思って聞いていました。

受取り口座は、WorldFirstやペイオニア社が用意してくれます。
アカウント開設もネット上で完結します。
輸出ビジネスの決済手段に関してはハードルはほぼ皆無です。
口座開設も維持費も無料です。
自分の管理の銀行口座への為替決済手数料だけ発生します。
この手数料も1%~2%です。

香港でお話を伺っていると、スタッフの方も増やされているとのことで、これからもドンドン大きくなっていかれます。
それだけアカウント数が増え、大きな金額が毎日送金されているのしょう。
2004年からのすでに歴史ある会社ですが、やはりサービス面が充実していなければ業績は伸びないと実感しました。

スタッフのみなさん有能なのは間違いないですが、みなさんとても明るく親切でした。
日本ではブラック企業の話題が持ち上がること多いですが、この会社は真っ白です(笑)。
お話させていただく中で、いろんなご提案もしていただきましたし、サービスの充実・拡充に力を入れておられることもよくわかりました。

輸出ビジネスしているわたしたち個人や中小企業にとって、WorldFirstさんのような会社のサービスは本当にありがたいものです。
弊社など小さな取引先ですが、多分大口もリテールも同じ対応してくれる会社だと思います。
1ユーザーとして、これからの新たなサービスや展開がとても楽しみです。
これから輸出ビジネスをはじめられる方は、簡単に便利にお使いいただけるサービスですし、本当にサポートも万全です。
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スイスとグローバリゼーション 〜生協週刊誌という生活密着型メディアの役割

2017-03-10 [EntryURL]

メディアの多様性という課題
前回、スイスの聴覚メディアにおいて、国営放送が旧来のラジオ放送から最新のポッドキャスト配信にいたるまで、圧倒的なシェアを占めていることを紹介しました(詳しくは「聴覚メディアの最前線 〜ドイツ語圏のラジオ聴取習慣とポッドキャストの可能性」をご覧下さい)。良質で豊富な国営放送のコンテンツが、様々なツールで入手できることはユーザーにとっては確かに便利です。一方、国営放送局が視覚・聴覚メディア市場を独占し、ほかの民間メディア(新聞、雑誌、テレビ放送局など)を圧迫していると問題視する声が近年、強くなってきました。メディアのデジタル化が進んだことで、これまでの文字メディアと放送メディアの境界がなくなり、メディア市場の顧客争奪戦が、すべてのメディアを巻き込んで激化しており、このままでは、民間メディアが総倒れして、受信料でまかなわれる国営放送だけが生き残るのでは、という危惧がでてきたためです 。
しかし、それを公的な力で制限・制御しようとすると、特定の政治的な影響が国営放送に及ぶ危険にもなります。このため、民主主義的な社会の土台として重要なメディアの多様性が今後も維持されていくために、国営放送はどうあるべきで、具体的に国営放送局でなにをどこまですべきかについて、目下、スイスでは国会議員やメディア専門家を中心に頻繁に議論されています。
生協が発行する週刊誌
一方、スイスには、このような正統ジャーナリズムの伝統をもつ国営や民間のメディアとは全く異なる系統の有力なメディアが存在します。それは ミグロMigrosとコープ Coopというスイスの二大生活協同組合が毎週発行している週刊誌です。生協が発行元とはいえ、商品紹介や特売情報にとどまらず、毎回100頁以上のボリュームをもつ紙面には多種多様な記事が掲載されており、どちらの週刊誌も、読者数は250万人から300万人にのぼると推定されます。これは、スイス人の約3人に一人がそれぞれの雑誌に目を通している計算になり、読者数では押しも押されもせぬスイス最大の週刊誌と言え、メディア界の「静かなる巨人」(NZZ, 2005)と称されたりもします。
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このような生協週刊誌で、先月、グローバリゼーションについての特集がありました。グローバリゼーションは、多様な次元と規模で同時に起こる経済・社会・文化的現象であり、その直接・間接的な影響も広範囲にわたっているため、見渡すことが難しく、 かえって偏った主張や単純な理解に絡め取られやすい傾向があるようです。近年、世界各地でグローバリゼーションを敵視する主張を掲げる政党は勢いづき、一般市民の間には漠然とした不安や不信感が広がっているようにみえます。
今回の特集では、勝者、敗者、不安、チャンスという四つの言葉をキーワードにしながら、グローバリゼーションの前で立場の違う人たちがクローズアップされ、同時に、 グローバリゼーションの現状、影響、またそこで生じる問題への具体的な対処方法について、経済学、心理学、経済史等などの6人のドイツとスイスの専門家が(専門家についての詳細の情報については本記事最後の参考文献をご参照ください)解説していました。
記事のなかでもとりわけ、6人の専門家による解説内容は、スイス人のグローバル化する時代や社会状況の受け止め方を知る手がかりになるだけでなく、生協がスイスでつとめている社会でのユニークな役割を知るための好例にもなると思われるので、今回は、この内容について注目してみたいと思います。メディアの在り方が激変する今日において、メディアの伝達の仕方や内容、またその役割について、考えるヒントになればと思います。
スイスの生協
そもそも、週刊誌を発行しているスイスの生協とは一体どんなものなのでしょう。以前「協同組合というビジネスモデル」でも若干触れましたが、スイスでは、ミグロとコープという二つの生協が小売業界の頂点に立っています。二つ生協の組合員数はミグロが約220万人、コープが250万人おり(ちなみにスイスの人口は840万人です)、二大生協だけで、スイスの全小売業の売り上げ全体の約半分を占めています。国際調査機関 Deloitteの最新調査 Global Powers of Retailing 2017では、 両社とも収益規模が(USドルで換算して)、世界の小売業社のトップ50社以内にランキングされています(ミグロは41位、コープは45位)。どちらも全国を網羅する事業展開をしており、スイスでは都市でも田舎でも、生協なしに生活することはまず考えられないといった状況です。
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ただし、人々に生活必需品を安価で安定して提供するために生まれた消費者組合をルーツにもつ生活協同組合は、一企業として単に営利を追求するのではなく、地域の組合員や消費者の利益を守り、生活向上を目指することを目標に掲げています。このため、地域や環境、フェアートレードなど、様々な分野での社会貢献にも力をいれています。
週刊誌の発行も、誰にでもわかりやすく有用な情報を提供するという社会貢献の一環にあり、同時に、地域に密着した生協と人々をつなぐ重要なパイプの一つとなっています。2社が、それぞれ会社の名前を冠して発行している週刊誌『ミグロ・マガジン』と『コープ新聞』は、希望すれば誰にでも無料で毎週配送されます。どちらも広い読者層を対象にして、ライフスタイルからデジタル機器、金融まで多彩なテーマを扱っていますが、特に『ミグロ・マガジン』は、親会社や関連事業に拘束されない自由でジャーナリスティックな視点を大切にし、社会、教育、家族問題などのテーマについて読み応えるのある記事を掲載していると定評があります。今回注目するのも、『ミグロ・マガジン』での特集です。
グローバリゼーションの暴走を防ぐための政治的・社会的な責任
特集の要点をまとめてみますと、まず、ハイテク産業の拠点として世界でも先駆的な地位を占め、また高い生活水準をもつスイスは、グローバリゼーションから計り知れないほど大きな恩恵を受けていると明記しています。そして、今後も安定した産業構造や高水準の生活を維持するには、グローバリゼーションが不可欠の前提ととらえます。
ただし、負の影響があることも過小評価しません。国内では、グローバル化によってほかの産業に比べて圧迫を受けている産業や、大きな打撃を受けている社会グループがあり、世界全体では、環境破壊や途上国の人権を損なう開発につながりかねない状況を重く受け止め、これまでのグローバリゼーションのあり方に一定の見直しが必須だとします。例えば、どこまでどのように、あるいはどれくらいのスピードでグローバリゼーションを進むべきかを問い、適宜、修正や変更をすべきとします(ただし、その具体的な改善の内容や優先順位については専門家によって異なります)。
つまり、グローバリゼーションを受け入れるにあたって発生する自分たちの政治的、社会的な責任を自覚し、生じる負の影響を最小限に食い止め、人々のこのような焦眉の不安を削減するための対策をほどこすことが重要とします 。
富の再分配とセーフティーネット
具体的な対策としては、対外的なもの(物と人の移動に対するなんらかの制限や、国際的な企業への各国共通の税制システムや監視制度など)と、国内での対策という二つのレベルがありますが、今回の特集では、国内対策のほうにより多く言及されていました。それを一言で言えば、富の再配分システムとセーフティーネットの強化です。北米では、このどちらもがうまく機能せずに、社会格差が深刻化したことで、グローバリゼーション全般への不信感や批判とつながり、最終的にトランプ氏を当選へと導いたとも分析されてします。そして、スイスの現状は北米ほど危機的ではないが、グローバリゼーションの弊害がこれ以上深刻にならないよう、今後真剣に対策を講じることが不可欠とします。
グローバリゼーションで成功した人たちの富の一部を税金という形で徴収し社会に還元させること(富の再配分システム)も、セーフティーネットの強化も、目的は同じで、社会格差を減らし、公平にチャンスを増やすことにあります。グローバリゼーションはハイリスク・ハイリターンの経済システムであり、雇用の変動や不安定化というリスクが多くなる分、雇用先を失った人が新しい雇用を見つけるための再教育や社会保障といったセーフティーネットの強化が不可欠だとします。
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社会人の再教育や継続教育を行う教育機関の一つ、チューリッヒ応用大学の広告

時代の変化に対応して必要な能力を習得するのに必要なものといえば、教育につきます。若者だけでなく、特にグローバリゼーションの煽りを受けやすい50代以上の雇用者に対する継続教育や再教育などの支援の重要性も繰り返し強調されます。さらに議論を一歩進め、デジタル化したグローバル時代の新しいセーフティーネットの可能性として、ベーシックインカムについても言及されていました。(スイスでは、昨年、ベーシックインカムの導入が国民投票で問われました。ドイツ語圏のベーシックインカムについての動きについては、「ベーシックインカム 〜ヨーロッパ最大のドラッグストア創業者が構想する未来」をご参照ください。)
今回の特集は、特に新しい知見が得られるといった内容ではありませんが、グローバリゼーションという複雑なテーマについて、茫漠とした不安は取り払い、むしろ現実的に目指すべき方向性を明示することで、読者が建設的な見解をもつのに役立つように感じました。言い方を変えれば、一般の人に対して重要と思われる問題をわかりやすく伝えるという生協のメディアとしての役割を果たした内容であるといえるでしょう。
おわりに
人々が自由に意見を述べ、議論できる(物理的、あるいはメディアのなかでの)公共的空間が確保されることは、民主主義の前提です。どんな形態の公共的空間が好まれるかは、地域や規模、参加者 によって多様でしょうし、時代にそって変化もしていくでしょうが、公共的空間の必要性は、今後のデジタル化が進んでいっても、変わらないでしょう。スイスにおいて、政治・経済的にほかの組織から独立した団体である生協の週刊誌という形で、公共的空間が存在しているのは、おもしろいなと思います。
それは、ほかの公共的空間にはない独特の特徴をもっています。雑誌の中は、毎週の様々なジャンルの特売品などのお得情報が各所に散らばって掲載されているため、読者は、特売情報に目を通そうとする前後で、それらとは全く関係ない記事も目にすることになります。つまり、どんな記事のテーマであっても、あるいはテーマにたとえ関心がなくても、生鮮品や日常消耗品などの広告をチェックしながら、記事の内容に注意を喚起されるという構図になります。そのような言って見れば、半ば強引な形で様々な人を引き込んで存在している生協週刊誌の公共的空間は、読者をゆるくつなぎとめているだけである反面、日々の生活に密着し、毎週繰り返される習慣として定着しているというのが、大きな特徴でしょう。
今後も、生協がスイスの小売市場で圧倒的なシェアを占める限り、ほかのメディアや様々な利益団体とは一味違う、このような日常生活のまわりに毎週出没する公共的空間が存続するでしょう。今後も、毎週、国内や世界の様々な旬なテーマについて色々な角度から扱われていくことを期待したいと思います。
///
<参考文献・サイト>
——-メディアの多様性と国営放送の在り方について
Wir müssen die SRG vor politischer Einflussnahme schützen, Der externe Standpunkt, NZZ am Sonntag, 5.3.2017, S.19.
Karl Lüönd, Den Schweizer Qualitätsmedien droht die Todessppirale, Der externe Standpunkt, NZZ am Sonntag, 5.2.2017.
SRF soll Weniger Unterhaltung und Sport zeigen, NZZ am Sonntag, 12.2.2017.
Service Public Vier Fragen - Vier Antworten, Service Public, 10.1.2017.
——二大生協ミグロとコープについて
Migros und Coop gehören zur Weltelite, Handelszeitung, 19.01.2016
Sergio Aiolfi, Die Zwillinge gehen getrennte Wege, NZZ, 13.11.2016.
Deloitte, Global Powers of Retailing 2017
穗鷹知美「スイスの生協の消費者をまきこんだ環境キャンペーン」、環境メールニュース、2010年5月13日。
——『ミグロ・マガジン』と『コープ新聞』について
Migros-Magazin, Wikipedia(2017年2月28日閲覧)
Coopzeitung, Wikipedia(2017年2月28日閲覧)
Rolf Hürzeler, Journalistisch verpackte Produktewerbung, Ktipp, saldo 13/2009, vom 25. August 2009.
Stille Riesen. Mitgliederzeitungen als wichtige Akteure im Medienmarkt, NZZ, 14.10.2005.
Immer noch Gottlieb Duttweilers Konzept, «Migros-Magazin» dient nicht nur der Kundenbindung, NZZ, 28.10.2005. 02:04 Uhr
——特集「グローバリゼーションGlobalisierung: Das Dossier」MM-Ausgabe 8, 20. 2. 2017 について
6人の専門家:
Rolf Weder(経済学者)、Christian Fichter(社会および経済心理学者)、Evi Harmann( 経済エンジニア)、Jakob Tanner (経済史研究者)、Franz Josef Radermacher (経済学者)、Thomas Straubhaar (経済学者)
——その他
ユルゲン・ハーバーマス著細谷貞雄訳『公共性の構造転換』未來社, 1973年。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ヤマモトマリ (オランダ在住) プロフィール

2017-03-04 [EntryURL]

yamamotomari.pngフリーランサー(通訳・オーダーメイドツアー)
ビジネスレベル:英語
日常会話レベル:オランダ語、中国語、スペイン語
ポイントが把握できる程度のレベル:フランス語、イタリア語、ドイツ語

国際関係並びに旅行業界が大好きで大学卒業の2003年以来、ずっと旅行業や観光業の中で色んな仕事をしながらスキルを磨いて参りました。得意分野は異文化コミュニケーションです。

はじめは日系旅行会社でツアーコンダクターやツアー企画を担当して海外や国内での色々な場所で色々な現地スタッフの方とご一緒にお仕事をさせていただきました。その前後には、アメリカの観光地で予約手配、接客業をしながらアメリカ流の接客や英語の習得に努めました。アメリカ勤務の契約全う後、イギリスの旅行業者で唯一のアジア人スタッフとなり、黙々と予約手配、プロジェクトリーダー、イベント手配などを行いながらイギリス流のビジネス文化の習得に努めました。契約全う後は、中国にてスペインの旅行業者で日本の市場開拓並びに新規営業を一から行うプロジェクトに任命され、多国籍の上司と共に数年かけて市場をオープン。世界各国の支社の上司や同僚と仕事が出来たことで色々な国のビジネス文化に触れながら自分のスキルを磨くことができました。

現在は、今まで培った知識や経験を活かすべく2015年よりオランダ拠点に周辺諸国で活動中です。出張(取材、撮影、展示会、商談)や観光で来られる方々へアポ取りや細かな行程組みを含むアテンド通訳サポートをしたり、輸出や輸入のサポートを行ったり、企業様に代わりに現地視察に行ったりとご要望に合わせて色々な業務を365日体制で行っております。よろしくお願いします。

https://mariposa4u.wixsite.com/line/


聴覚メディアの最前線 〜ドイツ語圏のラジオ聴取習慣とポッドキャストの可能性

2017-03-02 [EntryURL]

ラジオ、と聞くとどんなイメージが浮かびますか。地味で、話題になることも少なく、華やかなデジタルメディアとは無縁、といった印象が強いかと思います。しかし、ドイツのリューネベルク大学教授でメディア研究者のハーゲンWolfgang Hagen氏は、ラジオは「今後10年、20年はメジャーなメディアであり続ける」と指摘しています(Markus, 2014)。新しいメディアが毎年続々と登場し、熾烈な競争を続けているなか、なぜラジオがそれほど安定したメディアだと、この専門家は考えているのでしょう 。
今回は、ラジオのドイツ語圏(今回扱うのはスイスとドイツです)でのこれまでの使われ方や、デジタルメディアとして現在進行中の新しい展開について整理しながら、ラジオをはじめとする聴覚メディアの将来性について考えてみたいと思います。
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生活に定着しているラジオのある暮らし
ドイツ語圏の生活スタイルを日本のそれを比べていくと、異なることが多々みつかりますが、テレビとラジオの使われ方も、違いが大きいものの一つです。
まず、テレビは日本ではお茶の間の中心にありますが、ドイツ語圏では、食事をするダイニング・スペースにあることはほとんどありません。食事中にみる習慣もなければ、在宅中、始終テレビがついている、ということもありません。近年大型化しているテレビを見るのは、もっぱら隣接するソファーなどが置かれた広いスペース(リビングルーム)で、主に食後など、くつろげる時間にどっかり座ってみます。インターネットが普及する以前からテレビ自体がないというケースも、それほど珍しいことではなく、伝統的に日本に比べドイツ語圏はテレビの存在感が小さいといえます。
家庭でのテレビへの依存度が小さい分、相対的に大きな意味をもつのがラジオです。2014年のシュトゥットガルト新聞によると、ドイツ人の5人に4人がラジオを聞いており、聴取時間は1日平均4時間です。朝6時から8時が最もよく聞かれる時間帯で、決まった放送局を聴取する人が多く、長時間ラジオを聴く人でも、3局以上放送局を変えて聴取する人はほとんどいません。(ちなみに、ドイツにはラジオ局が350あり、そのうち65局が全体の5分の1の市場を占めています。)
ラジオは、何かをしながらでも聞けるため、車の中だけでなく、家庭でもかなり重宝されているようです。ダイニングやキッチンによく置かれているラジオは、食事の間に聞けますし、3人に一人は、シャワーや着替え中にも聞くといいます(このため、バスルーム専用の防水加工した「シャワーラジオ」と呼ばれるラジオの種類が豊富です。)5人に一人は、家事の最中もラジオを聞いています。 (Markus, 2014)。
スイスでも同じようにラジオは根強い人気があり、2010年の調査で、90%の人が国営放送のラジオを定期的に聴いています。
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ドイツ語の「シャワーラジオ」で検索してでてくる画像

アナログラジオ、デジタルラジオ、インターネットラジオ
このようにドイツ語圏では、昔と変わらず今でもラジオがかなりよく聞かれていますが、近年、ラジオの聞き方や内容を媒介する機器には変化がみられます。旧式のアナログラジオに加え、デジタル変調のラジオ放送であるデジタルラジオ、またインターネット経由のラジオ(インターネットラジオ)がでてきました。
ただし、技術がいかに進んでも、実際にそれで聴取できるかは、放送局がどの手段で、どれほどのコンテンツを放送するかに当然、大きく左右されます 。現在のところ、アナログラジオ、デジタルラジオ、インターネットラジオの3者のどれをどのくらい重視するかについては、ヨーロッパ各国でもかなり異なり、どれがヨーロッパで最終的に主流になるかについては、まだはっきりした見通しがたっていません。例えば、ノルウェーでは今年、スイスでも2024年までに、アナログラジオが全面廃止される予定ですが、ドイツでは州によっても意見が割れて、一貫した方針になっていません。全般に若者にはインターネットラジオの人気があがってきている一方、未だこれまでの生活に深く根付いているアナログラジオの愛用者も多く(ドイツではいまだに9割以上の人がアナログラジオを利用しています)、アナログ放送を廃止することが一旦決定されたあとに、強い反発にあって撤回されたこともありました。従来のラジオ聴取と違い、インターネットラジオは、非常時にネット利用が過剰になると使えなくなることが危惧されるため、インターネットラジオよりもデジタルラジオに将来性があるとする意見もあります。
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スイスのラジオ革命: ポッドキャスト
アナログ放送が数年後に廃止されるスイスでは、すでにデジタル媒体を通じたラジオ聴取が多数派になってきました。今年はじめのスイスの国営放送の発表では、2530人を対象にした調査で、調査対象者の54%がデジタル媒体を通して聴いています。
ラジオのデジタル媒体(デジタルラジオとインターネットラジオ)で、特に増えているのが、インターネットラジオです。2016年秋までの一年で、インターネット経由の聴取の割合は、8パーセント増えました。特に15から34歳からの若い世代では、ラジオといえば、インターネットラジオが圧倒的です 。
インターネットラジオには、従来のラジオ同様に、放送をそのままライブ(ストリーミング)で聞くこともできますが、ポッドキャストPodcastという方法で聴取することもできます。ポッドキャストは、アップル・コンピューターが無料で配布しているiTunesのようなポッドキャストの受信ソフトを使って、ラジオ番組をダウンロードして聞くことです。ポッドキャストで配信している番組(オーディオだけでなくビデオもある)を事前にこのソフトでダウンロードしておけば、好きな時に聞くことができ、特定の番組の最新の放送を常に自動的にアップロードさせることも簡単です。
北米ではポッドキャストが、テレビやラジオとは別の独自のメディアとして利用されていますが、スイスでポッドキャストは、国営放送のラジオやテレビの視聴に使われるケースが圧倒的です。これは逆に言えば、国営放送が、率先してポッドキャストの配信サービスに力をいれてきた成果ともいえます。現在、スイスの国営放送は、ニュース・政治、経済、背景・インタビュー、文化、科学(学問)・デジタル、娯楽・風刺、音楽の7分野で、180以上のテレビとラジオ番組が、すでにポッドキャストで視聴できるようになっており、主要な番組のほとんどすべてが網羅されているといるという状況です。
便利で豊富な配信サービスのおかげで、国営放送のポッドキャストは、2009年の段階ですでに年間で2400万回ダウンロードされています。これは1日平均で、約6万6千件ダウンロードされていた計算になります。最も人気がある番組は、毎日夜6時から30分ラジオで放送されている、時事的なニュースと特集を組み併せた「時代のエコー(こだま)」という (日本で言えば夜7時のNHKのニュースに相当するような)最もスタンダートな報道番組のひとつです。国営放送がポッドキャスト配信をスタートして以来、不動の一位の地位を守り続けており、2014年には、この番組だけで250万件のダウンロードがありました。 このダウンロード数は、スイスで主要なニュースをいまだにラジオという伝統的なソースから聞く習慣が根強くあることと、他方、同じコンテンツを場所や時間が自由自在に選べるポッドキャストという形で聴取する人が増えている、という二つの傾向を表しているといえるでしょう。
ポッドキャストは、これまでのラジオのようにストリーミングのように聞き流す聴取の仕方とは一線を画し、生放送で一体感を楽しむというラジオの楽しみ方とも無縁ですが、移動が多く、一定の場所でゆっくりラジオを聴けなくなった人たちに対して、これまでなかった新たな聞き方を提供できることで、新たなメディア需要を掘り起こしたともいえるのかもしれません。
新規参入が相次ぐポッドキャスト市場
ラジオに限らず、あらゆる聴覚メディアは、視覚的に拘束されないという特徴(見る必要がないため、何かをしながら聴取ができるというメリット)をもっており、処理しなくてはならないデジタルメディアの量とスピードがますます加速する時代の多忙な人たちにとって、音楽やほかの娯楽として聴取する以外でも、魅力的なメディア媒体です。特にポッドキャストのような使い勝手のいいツールが現れたことで、聴取型メディアの便利さや可能性はさらに格段広がりました。近年ヒアラブル機器(耳に装着する電子機器製品)が日進月歩で進化していることも、聴覚メディアの興隆を後押ししているといえるでしょう(詳細は「生活の質を高めるヒアラブル機器 〜日常、スポーツ、健康分野での新たな可能性」をご覧ください)。
このような状況下、従来スイスでもドイツでも既存のラジオ局の独壇場になっていたポッドキャスト市場に、最近、ラジオ局以外も参入しはじめました。特に、これまで視覚メディアとして発展してきた新聞や雑誌社などのジャーナリズム関係の会社が、強い関心を示しています。サービスを充実させるという意向だけでなく、ポッドキャストの登録やダウンロードの状況も重要な企業の資源となることも理由でしょう。スイスのフリーペーパーで、現在スイスの日刊新聞として最大の読者数を誇る『20分』も、ポッドキャストへの参入を、先日発表しました。
おわりに
聴覚メディアは、ストリーミングからポッドキャストまで、情報源あるいは娯楽・音楽ツールとして利用できる可能性が急速に広がってきています。それに平行して顧客獲得競争は今後ますます激しくなっていきそうですが、これまでのラジオ同様、わかりやすく親しみやすく、しかも、時代や文化、広い世界を案内してくれる聴覚メディアが、今後も充実していってほしいと願います。
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<参考サイト>
——スイスとドイツのラジオについて
Markus Reiter, Medien Das Radio der Zukunft, Stuttgarter Zeitung, 03. September 2014.
Roger Zedi, Matthias Schüssler, SRG von 1931 bis heute(2017年2月20日閲覧)
Kai Fischer, Zukunft des Radios Die Digitalisierung muss sich an den Hörern orientieren, FAZ, 22.05.2016.
Die Medienanstalten, Die Digitalisierungsbericht, Berlin 2015, S.59.
Rolf Müller, Wie sieht die digitale Zukunft des Radios aus?, Baditsche Zeitung, 6.9.2016.
Markus Reiter, Das Ende des UKW-Radios naht, NZZ, 11.2.2017.
Radionutzung Schweiz: Radio wird immer digitaler, SRG SSR, 10.02.2017
——ポッドキャストについて
スイスの国営放送局のポッドキャストを配信している番組一覧サイト
Tobias Bühlmann, Wer hören will, muss Podcasts nutzen, Innovative Erzähl-Formate, NZZ, 24.3.2015.
Schweizer Radio wird immer häufiger als Podcast gehört, Solothurner Zeitung, 25.3.2010.
Internetradio Alle mal herhören!, Süddeutsche Zeitung, 25.3.2015.
Podcast-Töne, Tipps für Journalisten. Erschienen in Ausgabe 3/2007 in der Rubrik „Tipps für Journalisten” auf Seite 66 bis 66(2017年2月20日閲覧)
——その他(北米のポッドキャストについて)
Sylvana Ulrich, Podcasts für Einsteiger, Lernen leicht gemacht, NZZ, 26.4.2016.
Oliver Fuchs, Mit Podcasts in den Wahlkampf, NZZ, 15.10.2016.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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